2021.07.15
実力派のミュージシャンが揃い、卓越したプロデュースワークでも評価の高いorigami PRODUCTIONS。その中でドラマーとして、プロデューサーとして、そしてシンガーとして国内外から高い評価を受けるmabanua氏。
そんなmabanua氏は以前よりSpectrasonicsのKeyscape、Omnisphereを愛用してくださっており、普段より制作に活用されているという。
その中でも、Keyscapeをどんな活用をされているか、どんなサウンドがお気に入りなのか、インタビューをさせていただいた。
Spectrasonicsというブランドについてどんな印象をお持ちでしょう?
Spectrasonicsの音源に真っ先に感じることは「膨大すぎるプリセットがあるのに、全てが"使える"音だ」ということです。
例えばOmnisphereもプリセットの多さはトップレベルだと思うのですが、匹敵するようなプリセット数を持った音源も各社から登場してます。数の割に使える音が少ない、使いにくい音が多い印象です。
例えばシンセリードの音色1つをとっても、倍音の出方や高域の滲み方、ベロシティに対して反応するフィルターの開き方とか、プレイヤー心を動かすようなプリセットって実際はかなり少ない。だからいくらプリセットが多くてもパッパと次のプリセットをロードするだけ、みたいな「作業」を強いるようなものもたくさんありますね。
Spectrasonicsの音源、プリセットは本当に完成度が高くて、初めて聴く音なのに指が勝手に動くというか、シンプルに弾いていて楽しいという気持ちになるんです。どのプリセットも使いたくなる魅力がありますね。
Spectrasonicsのプリセットに対するこだわりは非常に大きいので、その違いを感じ取っていただけているのは嬉しいです。
Spectrasonics製品を使い始めて、制作やアレンジに変化はありましたか?
ありました。アレンジって「どういう方法で空間を埋めていくか」という作業だと思っているのですが、僕は最小限の音でアレンジを作りたいというスタイル。それを聞いてもらってクライアントが「ここが寂しいね」と言われれば音を追加したり、アレンジを変えるというスタンスなんですね。
Keyscapeを使い始めてからは、クライアントに「ここに音を足してほしい、ここがなんだか寂しい」と言われる事が少なくなったように思います。Keyscapeの空気感や密度の高さが影響してるのかな、って思いますね。
単体で聞いたときにいい音だなと思う製品はいっぱいありますが、Keyscapeはアレンジやアンサンブルの中で違いが如実にでてきますよ。
お使いになっているのはフラッグシップシンセサイザーのOmnipshereと、コレクターキーボード音源のKeyscape。どちらも膨大なプリセットを収録したモンスター級の製品ですね。
プリセットがすごい数なので「いつもこの音を使う」というのは良い意味でないんですよね。毎回楽曲にハマった音色を選ぶようにしていて、選んだ音源は全てお気に入りのリストに入れてすぐに使えるようにしています。
そんな膨大なプリセットの中から目的の音を見つけるのは、大変ではないですか?
カテゴリー分けがしっかりされているので大まかに当たりを付けていくこともそれほど迷わずできるし、Omnisphereに搭載されている機能で「Sound Match※」というものがあるのですが、これがものすごく便利なんです。いい感じの音が見つかったら、この機能を使って似たキャラクターの音だけに絞り込み並べてくれる。その中から精査に時間をかけて選びます。なので、大変ということはありませんね。
OmnisphereのエンジンはKeyscapeやTrilianのサウンドを一緒に読み込めるようになっているのですが、mabanuaさんはKeyscapeをOmnisphereの中で使われているのですね。
そうですね。Keyscape単独で使うこともありますし、そのままOmnisphereに移行して使うこともあります。これも便利ですよね。
Keyscapeで特にお気に入りの楽器カテゴリーはありますか?
Electric Grand CP-70とClavinet Cですね。
どの音も気に入っているのですが、この2つは登場機会が多いです。
CP系のピアノやクラビネットは他社からも良い音源がリリースされていると思いますが、特にKeyscapeでそれらの音源が選ばれる理由を教えてください。
僕の主観だとKeyscapeって単体で聞くと、実機よりブライトな感じで聞こえるんです。他社からリリースされているもので、すごくリアルなものも確かにたくさんありますが、本格的すぎちゃってオケの中で全然ヌケてこないんですよ。ところがKeyscapeのサウンドはものすごくよいバランスのまま、音がヌケてくる。色んなスタイルのどんなオケでも埋もれないように作られた音色だなという印象を持っています。
エレピなんかもそうですが、コツコツした成分を多めに含んでいる音が多いような気がしたんですね。でも面白いのが、実際に生のRhodesを録音したときも、結果的にEQなどを使ってKeyscapeみたいな音に仕上げてしまうんですよ。だから実用的だし、使われるシチュエーションを想定してサウンドデザインをしているんだろうなと思うんですよね。
Spectrasonicsとしては、特定の楽器のリアルな再現ということよりもKeyscapeという「新しい1つの楽器」を作りたいと考えているそうです。
たしかに、他の音源だと満足できなかったものがKeyscapeだと特にディープなエディットをすることなく、まるで実際の楽器を使ったかのように、オケに馴染んでくれる感じがあります。
実際に先日、クラビネットの音がほしくて色々な音源を試していたのですが、どれも満足できなかったんです。どうしても有機的な部分が欠けていると感じてしまって。ところがKeyscapeに差し替えてみたところ即座に「一発OK!」だったんです。
これはCP70でも同じようなことがありました。他社のCP70系の音源はただ単にギャンギャン響いているだけのものが多いのですが、Keyscapeは明らかに空気感というか、中低域の密度、存在感があります。音の背後にある厚みが違うんですよね。
音に立体感、奥行きまで感じるというイメージですかね。
そうですね、奥行きが出た。生楽器って、打撃音からベロシティに対してどれくらいのノイズが追従して入ってくるかとかが大事で、それが奥行きであり、厚みなんですよね。そういう部分が楽曲の中に音として積み重なってきたときに、明らかに差が出てくるポイントだって思いますね。
Keyscapeを使うようになって、エディットに関して何か変化はありましたか?
今まで他社の音源を使っていたときに時間がかかっていた部分が既にでき上がっているので、明らかに時短になりました。
一番調整を行うのはさっきも話したようにノイズの部分、例えばエレピの場合だと鍵盤から手を離した時のリリースノイズやダンパーを踏んだときのペダルノイズの調整に時間をかけますが、実音はほとんど何もしなくてもOKで助かっています。
逆に1つ質問があって、クラビネットなどの楽器のときに「TIMBRE」というパラメーターがあるのですが、これは何のパラメーターなんですか?
TIMBREはフォルマントに近いと思います。右に回すほど音が明るくなると同時に細くなっていき、反対に左に回した時は音が曇り、温かさを感じるようなキャラクターになる。単なるEQとは少し違う利き方で、音全体のキャラクターを調整するために使用するパラメーターですね。
なるほど、やっぱりそういうことですよね。実はこのパラメーター、すごく気に入っててよく使っているんです。音のヌケが悪いなぁと思ったとき、単純にEQでハイを上げればいいかというと、それはそれで違うんだよなぁと思うことがあって。
生楽器ならではの悩みと言ってもいいかもしれませんね。低音側の鍵盤にちょっとだけヌケが欲しいけど、高音側の鍵盤はこのままでいい、というとき、EQでは調整しきれませんね。
そうなんです。EQっぽくないんだけど音ヌケの調整ができる。これはいいパラメーターだと思います。
それから、クラビネットとかエレピはギターアンプを通した音にできるのもいいですね。アンプのキャラクターも豊富で、わずかに歪むサチュレーション的なものから、激しいディストーションまでいけるのもいい。切り替えもクリック1つで簡単だし。
ワウエフェクトもいいですね。よく使います。こっちも種類が豊富で、よくあるワウからかなり過激なフィルターっぽいものまであって。ワウを併用することで歪み方にも影響がでてくるので、つい時間を忘れて遊んでしまいます。
Keyscapeリリース時にオフィシャルで公開されたビデオで、グレッグ・フィリンゲインズ(スティーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソン)がワウをエクスプレッションペダルで操作してファンキーなプレイをしている動画があります。ミュージシャンがいい音で時間を忘れちゃう、というのも分かりますね。
面白そう!あとで見てみますね。
クラビネット繋がりでPlucked Keyboardsカテゴリには面白い響きの楽器がいっぱいあって、特に見たこともないような民族楽器みたいなものは今後使ってみたいなぁと思わせてくれます。特に劇伴とかはこういった「一風変わった楽器」があることで、ものすごく制作の助けになるんですよ。
それから「よくぞ入れてくれた!」って楽器が、Vintage Digital Keysですね。
Spectrasonics代表のエリック・パーシングは、かつてRolandのチーフ・サウンド・デザイナーを務めていたのですが、彼自身が開発に携わってきたデジタル・シンセサイザーたちが収録されています。JD-800やMKS-20、MK-80の「名作サウンド」ですね。
この時期の音って盲点なんです。ヴィンテージや最新シンセの音はいくらでも多数の会社からリリースされているけど、80〜90年代のデジタルピアノって良いものが本当になくて。これだけバリエーション豊かに入れてくれたのは本当に嬉しいし、これが欲しくて買ったようなものと言っても過言じゃないかも(笑)
僕が通っていた専門学校にもMKSはあったと記憶してるんだけど、今になって「あーあの音が欲しい!」って思うことが多くて。
全然音も古くないんですよね。この辺のシンセって。
そうなんですよね。むしろ逆に必要なくらいでしょうね。
いずれのサウンドもエリック・パーシングが自身で作られていた音で、聞くところによれば今後もアップデートで増やすことも検討しているそうです。楽しみに待っていただければと思います。
mabanuaさんはこれまでたくさんのヴィンテージ楽器も使ってこられたと思いますし、今の制作でも使いたいと思えば使うことができるのでは思うのですが、それでもこういったソフト音源なども併用されています。どういったところにアドバンテージを感じていらっしゃるのでしょう?
一番のアドバンテージは、実際の楽器だと調整ができないパラメーターまでアクセスできることですね。
例えばヴィンテージの楽器に関していえば、打鍵や離鍵のときのノイズってごく限られた範囲でしか調整できないわけです。なのでレコーディングした後にそのノイズの処理にも膨大な時間がかかってしまうし、そもそも1つの楽器から音色のバリエーションを得ることも難しい。
Keyscapeは、音そのものが素晴らしいというだけでなく、自然な範囲でこのノイズであったり、ティンバーシフトの調整ができるということが素晴らしいし、何よりメンテナンスがいらないですからね!(笑)
(笑)
でも、実際に音楽制作の現場でメンテナンスに多くの労力と時間がかかることは、身をもって体験しないと分かりませんよね。
面白いなと感じたのは、楽器やプリセットごとに調整すべきパラメーターのパネルがカスタマイズされていること。例えばアコースティックピアノを選んだときには、COMP(コンプレッサー)のパラメーターが用意されている。中を見てみると一般的なコンプとテープコンプが並んでいて、これがすごく的を射てる。その楽器に必要なパラメーターが全部カスタマイズされていて、必要なものだけ並んでいるんです。
テープには"AGE"(年代)なんてパラメーターがあって、これはテープの年代を調整するもので、古いテープほど中低域が抜けていく。雰囲気を作るときにこういったパラメーターや、ローファイ系のフラッター、ヴァイナル(レコード)ノイズなんかも時に欲しくなるのですが、これがピアノに用意されているというのは「分かってるなぁ」という感じがしますね。
全体的にエフェクトはすごく効きが良く、分かりやすい変化があるので、ミュージシャン目線の音作りとしては最高です。
先ほども少し触れましたが、Keyscapeはこれ自体が1つの楽器として捉えてもらえるくらい、重厚な作りを目指した音源です。しかし音作りはユーザーの自由なので、極端なエフェクトやパラメーターを施すことで原音から遠い音に仕上げることもできます。
mabanuaさんはこういった「奇をてらったような」エディットをすることはありますか?
あります。内蔵のエフェクトだけじゃなく一度アナログに戻してハードウェアのエフェクトを使ったのですが、極端に歪ませてディレイで飛ばす、ということはやりました。
アーティストでいえばCharaさんの作品が特徴的ですが、エレピを歪ませてディレイで飛ばすと、オルタナティブな退廃感のある感じに仕上がってすごく良かったですよ。
失礼な質問かもしれませんが、元の素材をガンガンに歪ませて、ディレイで飛ばすと聞くと「元の音が多少悪くても、一定の雰囲気になるのでは」と思ってしまいます。
これは結構違いがあると思います。あまり録音状態のよくないサンプルを歪ませてディレイで飛ばしてみると、トランジェント(音の立ち上がり)が完全に失われて、欲しい部分がどんどんなくなって薄っぺらい音になってしまうんですよ。
Keyscapeがすごいのは、どれだけ歪ませてもどれだけ空間系のエフェクトで飛ばしても、音の芯が崩れずにアタックがしっかり残ってくれる。きっと、サンプルのレコーディングだけじゃなくその後の処理にも秘密があるのかもしれないけど、他社のソフト音源では得られない音に仕上がります。
KeyscapeとOmnisphereの両方をお使いのユーザーに無償で提供されている1200種ものプリセットがありますが、実はいまmabanuaさんが話されていたような「Keyscapeのサウンドを極端に加工してみました」というプリセット群となっています。
荘厳なグランドピアノが強烈なリードシンセになったり、伝統的キーボードがファットなシンセベースになっていたりという強烈なものなのです。
正直なところ私自身は「こんな加工をしたら何でもこれっぽい音になるんじゃないの?」と思っていたのですが、今のコメントを聞いてハッとさせられました。
もともとの音がしっかり芯のある状態で録られていないと、エフェクターにすぐに負けてしまう音になってしまいますからね。それだけKeyscapeの音はこだわったレコーディングと編集が施されているんだろうなと感じますよ。
最後に、KeyscapeやOmnisphereをどんな人に使って欲しいですか?そして、おすすめできますか?
Spectrasonicsの音源って、どれもソフト音源としては決して安くはない製品だと思うんですよ。特に今はすごい安いソフト音源もいっぱいありますし。
僕は昔から先輩や親に「どうせ買うなら良いものを買え」と言われて育ってきました。それは楽器や機材だけの話じゃなく、例えば家電であっても服であっても。
本当に好きなものならいずれは良いツールに行きつくはずだし、中途半端なソフトシンセを何十個も買うより初めからSpectrasonicsの製品を買う方がいいと思います。良いものを早い段階から知っておくと、その後の音楽家としての成長も変わってくるし、なにより耳を鍛えてくれることになる。
安くはないけど、絶対に買って損はない製品です。