Sonnox Fab Tips No.3:EQとチャンネル・フェーダーは悪だくみをしている?
2016.02.04
Fab Dupontによる、EQとトラックゲインについてのTips。ミックスレベルを管理する上で必須となってくるEQとトラックフェーダーの関係について、シンプルかつ明快に解説しています。ここでもやはり、低域のレベルに気を配る必要があるようです。
近年ではプラグイン・デベロッパー、ハードウェアメーカーの開発にも携わるだけでなく、音楽制作のあらゆるテクニックが学べるpureMix.netを主催。そのテクニックを惜しみなく公開しています。
** 本記事は弊社旧ウェブサイトに掲載していた記事を移植したものです
Fab Tips No.3 – EQとチャンネル・フェーダーは悪だくみをしている?
オーケー、今日はレベル・マネージメントについて話そう。
僕らの中には、6時間もかけたミックスに、ボーカルのレベルを元に戻したところ、何をどうやってもボーカル・レベルが上がらなくなった、なんて、ひどくがっかりする経験をした人がいると思う。これを読んでくれている読者のみんなのことではないよ。もちろん、そんなわけない。みんなが優秀なのは間違いないと思うけど、君の友達とか、古い知り合いでそういう人がいたかもしれないしね。その人達のためと思ってこの記事を読んでほしい。
なぜこんなに手に負えない事態になってしまったのか?事の始まりはシンプルなはず: バンドのメンバーが代わる代わるコントロールルームにやってきて、全部のトラックがLEDピークで真っ赤になるまで、君に自分の楽器を上げろとリクエストする。そしてこの問題についての対処方法は、明確に文書化されている: 全員を追い出して全部やり直す。
さて、ようやくコントロールルームに一人きりになれたところで、フェーダーを丁度いいレベルまで戻す。ミキシングを再開して、ふと気づくとまた同じトラック・レベルの問題が起こっている、誰にも文句を言うことはできない。いったいなぜ?
まず、たくさんのフェーダーを上げていけば、当然ミックス全体のレベルも上がるね?下げようという方向には、なかなか動かないものだ。もしどこかのゲインを上げた分、別の場所を下げなければ、レベルはどんどん積み上がり、スペースは埋まっていく。そして最後にヘッドルームがすべて失われて、まるでミックスの上に象が居座っているかのような、ぐしゃぐしゃなサウンドになってしまう。ここで慎重に赤いLEDのクリップを消してみたところで、音がよくなることも問題が解決することもない、どんなに早くLEDをクリックしてもね!
僕らエンジニアはフェーダーの扱いについては非常に気を使っているし、フェーダーの動きに無頓着ということは決してないはずだ。にも関わらず、なぜ未だにミックス全体のレベル管理について、こうしたトラブルを抱えているのか?
レベルがどんどん上がってしまうこの問題について、思いつく主な理由の一つが、無謀なEQの使い方だ。もしベースドラムのDAWチャンネル・フェーダーを+14dBまで持ち上げるとしたら(しかも多くのDAWではこれができてしまう)、考えなおすことがないとしても、少なくともちょっとおかしいと感じるよね。でも、低域が十分に出ていないから、Oxford EQで300Hzをシェルフで16dBブーストする、これはそんなに問題と思わない。では両者の間に違いがあるかといえば、それほどでもないんだ。
もう少し状況を細かく見てみよう。ベースドラムが占める周波数帯域はどうなっているだろう。ほとんどの部分が400Hzより下に集中していて、反対に上の帯域に進むほど少なくなっていくね?もし400Hz以上の帯域にあまりエネルギーがないとすれば、チャンネルごとフェーダーで12dB上げるのも、400Hzをシェルフで15dB上げるのも、ローエンドの楽器では、ほとんど違わない。
疑問に感じる人は、ぜひ両方を試しながらメーターをチェックしてみてほしい。
そう、EQとチャンネル・フェーダーが手を組んで悪さをしようとしているわけだ。せっかくのヘッドルームを、まったく同じやり方で平然と盗んでいく。もしある楽器のトーンを調整しようとしているなら、常にミックス全体のレベルに気を配ることだ。EQをかけてもそのチャンネルのレベルが変わらないように注意を払っていれば、この問題を回避できる。
ここで、Oxford EQでは見過ごされがちだけど、非常に重要な機能について改めて強調しておこう。勘違いされているかもしれないけど、Oxford EQの画面真ん中にある、インプット・オフセットのノブは、飾りじゃない。ここまで話してきた問題を解決する大きな助けになるものだ。
たとえばとてもラウドにレコーディングされた楽器があったとしよう(最近はどの楽器もやたら大きな音でレコーディングされているけど)。そしてこの楽器に対してなにか加えようと思っても、十分なスペース(=ヘッドルーム)が残っていなければ、クリップなしに対処することはできないだろう。
さっきのベース・ドラムに戻って考えてみると、このドラムは-6dBあたりをピークに録音されていて、かつ少し線が細い。そこでOxford EQのローシェルフで80Hzを10dBほど上げたい。ここでジレンマが起きる。
ヘッドルームが6dBしかないのに、重量感のある帯域をEQで10dBも上げるとなると、フェーダーに触る前から、ベースドラムが鳴る度にトラックがクリップするだろう(EQはプリフェーダーになっているからね)。また大きな象がやってきて、ミックスに居座るようになるのも時間の問題だ。
ここでEQのオフセットを6dB下げておけば、もともと素材にあった6dBのヘッドルームと合わせて、クリアな状態で10dBのゲインを得られるはずだ。
そう、これは本当にシンプルな問題だ。ミックスがクリップ寸前の状態では、各トラックのフェーダーをクリップなしに上げたり、EQで重要な部分に調整を加えることもできなくなる。つまり無償でゲインを手にいれることはできない、どのように加えるにしてもゲインはゲイン、ということだ。
もしこうした問題に注意を払うことが、音楽的じゃないと感じるなら、もっとシンプルに状況を考えてみよう。DAWの赤いクリップLEDは、君をイライラさせるためにあるわけではなく、イライラすることが起こりそうだと、忠告してくれている。そしてその原因は、音楽の上に居座ろうとする、でっかい象にあるんだ、と。
筆者について:
Fab Dupontはフランスに生まれ、現在はニューヨークを拠点に、世界各地のスタジオでミュージシャン/プロデューサー/エンジニアとして活動しています。マンハッタン、イーストビレッジにある彼個人のスタジオでは、ジェニファー・ロペス、マーク・ロンソン、アイザック・ヘイズを初めとする多くの作品が生み出されています。「The Rundown」や「Washington Heights」といった映画のサウンドトラック、さらにアップル 、モトローラ、ジョンソン&ジョンソンといったCM音楽まで幅広く手がけるなど、多方面でその才能を発揮しています。