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牧野忠義のハイエンドプロセッサ攻略術 vol.1

2018.09.26

100ものパラメーターを持つ
究極のマルチバンドダイナミクス
-Alchemist-

Introduction

初めまして、牧野忠義(スピンソルファ)です。これから数回に渡り「FLUX::製品レビュー連載」という形で執筆を担当します。

初回なので簡単に自己紹介しますと、ゲーム音楽出身の作曲家兼「株式会社スピンソルファ」の代表取締役です。

代表作には「モンスターハンター:ワールド」や「ファイナルファンタジーXV」のDLC「エピソード・イグニス」「戦友」など、有数のハイエンドタイトルに参加させて頂く機会も多く、最近ではNHKスペシャル「東京ロストワールド」やイベントショーの楽曲制作など幅を広げて活動をしています。

FLUX:: AlchemistやElixirなど、製品名は見聞きした事がありますが僕は十数年FLUX::を避け続けてきました。理由は「周りに使っている人がおらず、評判すら聞かなかったから」です。

先入観や、予備知識のない状態の僕が実際の制作現場で使用した印象を元にできるだけ面白わかりやすく、実践的に書いていこうかなと思います。

お付き合いの程。では早速参りましょう。

OverView

まずFLUX::というブランド自体はご存知だと思いますが、詳しくは知らないという方もいらっしゃるのではないでしょうか?

Pyramix専用プラグインを開発していたフランスの会社で少数精鋭開発を行っているチームだそうです。こうして作っている人の顔を見れるのはブランドへの親近感が湧きますよね。

Alchemistの詳細説明はこちらを参考にしてください。出来る事やパラメーターの解説も載っています。

最強のコンプレッサー…..?

音響解析を得意とする会社だそうで、なるほど確かにUIを見る限りアナライザーなど視覚情報が強い印象です。

上記記事には「最強」という単語が目につきますが、それってつまりマルチバンドコンプのあらゆる設定を触れるようにした反動で「最強に手間がかかるプラグイン」なんじゃないの?と思っていました。

メンドくさいヤツは嫌いだよ?コンプは1176にスレッショルドがあれば十分だと思ってる部類の人間です。

ちなみに、このAlchemistはSoleraやPureシリーズ、BitterSweetなど単体プラグイン機能が網羅されたオールインワン的最上級の存在となっています。ふむふむ。

しかも、私も使用しているDiGiGrid IOSなどの規格にも対応しているのでDSP側で動かす事が出来ます。

気になるレイテンシーは0.7ms。

重量級のマルチバンドコンプと考えると非常に軽いです。一方、L3-16は129.3ms。桁が違いますね。これは大きな優位性です。

では、まずドラムトラックへインサートしてみましょう。

BODY「Drums編」

触ってみてまず感じたのは、「コンプそのものの性能の高さ」です。1バンドに設定すれば全周波数帯に関与する単純なコンプレッサーとして働きます。

Comp、DComp、Exp、DExp、の4種類のPureシリーズは極端なスレッショルドにしてぶっ潰しても線が細くなったりしません。(正確には当然影響は受けますが、非常に軽微であると言えます)

特にマルチバンドコンプになると、隣接するバンドに対する影響や線の細さ、位相の狂いなど、安価なプラグインではバランスを悪くしやすい弊害の方が大きくなりがちですがAlchemistの場合は「指定したバンド幅に対してガッツリ効き」、「他のバンドにはほぼ脚色をしない」設計になっている様です。

18~54dB/octで設定できる各バンド間の直線位相クロスオーバーフィルター(IIRフィルタ)が正確に各バンドを遮断しているのでしょう。

「極端に設定しても怖くない」というイメージはサウンドメイクにも積極的に使える裏付けだと考えます。

右側にあるパラメータのうち、Modeというのが気になります。初期設定が「Solera」?どうやらアナログシミュレート切替らしくアタックやリリースを変更出来るらしいですが「挙動だけをシミュレート」している様なので、アナログ的な味付けとか音色変化は切り捨てている潔さ。Modeのプリセットを切り替えるとバンド数や他のパラメーターが変わるとか、見た目と連動しても良かったかも?どちらにせよこの辺りは耳で判断する事になりますので、GUIが豪華でもアナログライクな機能を搭載している事に好感が持てます。

本題のマルチバンドですが僕がまず触ったのは各バンド(最大5バンド)の「COMP」「BitterSweet」。

ClipperはWavesでお馴染み、鉄壁のリミッティングですのでONにしておきます。また、Dryレベルが付いているタイプなので打楽器に対してはパラレルコンプ的に使う事もできるみたいです。

確実に音源の方が伝わりやすいと思いますのでAddictiveDrums2を鳴らしながら、

  • 素の音
  • FLUX:: Alchemist
  • Waves C4(同じような設定)

で聴き比べてみましょう。

L3-16でも良いのですが今回はマキシマイザーではなく純粋にマルチバンドコンプというカテゴリで聴き比べをしたいので、比較的手に入りやすいC4を選択しました。

ちなみに僕が普段使いしているコンプ、EQのプラグインはこんな感じです。

見ていただければわかると思いますがConsole1、1176、670、bx_digital、McDSP AE400、Shadow hills、L3-16などを主に使い、最後の仕上げにVari-muを通します。

今回はこれらを全く使わず、Alchemistだけでサウンドメイクをしていきます。さて、聴いてみましょう!

C4は全体的に音の輪郭が薄くなっている印象があります。アタッキーな周波数帯を分散させるマルチバンドを使うメリットでもありますが 音を立たせつつ馴染ませるには別途EQで処理する必要があります。

Alchemistは音の輪郭を失わずパワフルに鳴ってくれますし素の音のもっさりした印象をスッキリ整えてくれます。

これを従来のやり方でやろうとするとやはりEQに頼ったりマルチバンドコンプむしろ要らなくね?的な迷路に迷い込む事がありますが一台で、しかも細かすぎるくらい設定が出来ますので存在感を失わずに整える事が出来そうです。

また、ユニークなのがBitter/Sweet機能です。これは音の距離感であるトランジェントを操作するものらしいのですがMin / Maxでは明らかに胴鳴りのリリースが変わってきます。

胴鳴りを触る為にはパラアウトしたキックやタムに対して処理をしないといけないので思いのほか面倒臭いのですが2mixの中低域に対してこの機能を使うだけで調整する事が出来ました。

また、先述の通りパラレルコンプとしても機能するのでトラックを分けてサイドチェインなどを組む必要もありません。

あれ?当初、ややこしそうなプラグインという印象がありましたが実際に触ってみると、もしかしたら今までのやり方の方がむしろ面倒臭く、ただそれに慣れていただけかも知れないとさえ感じます。

BODY「2mix編」

次は2mixに対してかけてみましょう。先ほど積極的なサウンドメイクにも使える、と書きましたが2mixに対するプリマスタリング的な扱いでもAlchemistは非常に高い効果を与えます。

それが何かというと、

  • 先述のIIRフィルタ
  • 各バンドに対する高い介入性
  • 視認性とモーフィング

です。

■IIRフィルタ
正確なクロスオーバーのおかげで触りたいポイントをしっかり抑える事が出来ます。また、マルチバンドコンプはアクティブEQと同様、その周波数帯に音が密集した時にだけ(基本マイナス方向に)動作しますので全体のバランスを整える意味でもクロスオーバーの正確性は重要です。

■高い介入性
次に、各バンドに対してほぼ全てのパラメーターを個別に設定する事が出来ます。僕が知りうる中だけで言えば最強の介入性です。Comp/DComp/Exp/DExpに加えて、Bitter/SweetやMS処理までもを個別に設定出来ます。これは驚異的と言っても良いくらいの触り心地です。

私が使っているbx_digitalは全周波数帯に対してMS処理を行いますがMid/SideのEQを使ってその周波数帯のMSバランスを変えていくものです。広がるけれど、EQのバランスも変わってしまう事があります。

一方、Alchemistはそもそもそのバンドごとに設定が出来るので極端な話LOWだけ、MIDだけ、HIGHだけ、といったピンポイントでMS処理する事が可能になります。

■視認性とモーフィング
Alchemistは設定レンジによってGUIの尺が自動的に変わっていきます。

ゲーム音楽は据え置きとスマホアプリで音楽の音圧感が全く異なり、据え置きの目安は平均-27LUFSです。これはCDなどの0dbピークからすると30db近く音量が低い事になります。

試しに皆さんが今作っている曲のマスターボリュームを-30dbしてスピーカーやヘッドフォンの音量を元の0dbで聞いていた時と同じ位に聴こえる様にガン上げしてみてください。それが僕たちが聴いている音です。

弊害として度々音が小さすぎてメーターが動いているのが分かりにくい時がありますが視認性の変動性を持っているAlchemistはそういう局面でも使いやすい印象があります。

また、A/Bで別々の設定をする事が出来ます。それ自体は目新しくありませんがユニークなのはそれをモーフィングノブで中間を狙えるという事。

は?と思ってらっしゃる方の為に動画を用意しました。

■モーフィング動画

今までありそうでなかった機能だと思いませんか?A/Bでどちからを選択する必要があった従来と比べてその中間を(割合も含めて)狙っていけるのは正直触ってみるまで理解出来ませんでした。

Aもいいし、Bも悪くない。じゃあその中間にする!という選択肢が増えます。これは2mixの仕上げに対して新たなアプローチを可能にするという大きなメリットです。

【Downoad】

BODY「2mix編」

駆け足でご紹介したAlchemist。当初の予想に反して、少し触ってみたら意外とわかりやすい事に気付きます。

パラーメータ100個!うわ、めんどくせえ!というインパクトが強すぎて毛嫌いしているだけだったかも知れません。

また先ほども書いた通り、プラグインをいくつも使って試行錯誤するやり方が間違っているとは決して言いませんが、音は加工するほど痩せて行き、それを補うために何かを足すという堂々巡りに陥る危険性もあります。プラグインを買い揃えるだけの資金力も必要になるでしょう。

単体としては高価な部類に入るAlchemistですがこういった介入性の高いハイエンドなプラグイン一台で仕上げるというやり方もまたこれからの時代にマッチしていくのかも知れませんね。

最後までお読みいただきありがとうございます。次回もお楽しみに!


株式会社スピンソルファ 代表取締役・作曲家・プロデューサー 牧野 忠義

Profile

牧野忠義

株式会社スピンソルファ 代表取締役・作曲家・プロデューサー

株式会社カプコンにて「モンスターハンター」「ドラゴンズドグマ」等の作曲家・ミュージックディレクター・エンジニアを務める傍ら、 モンスターハンターオーケストラコンサート「狩猟音楽祭」等にギタリストとして出演。2016 年 にサウンド制作会社「スピンソルファ」を設立・代表取締役就任。
壮大なシネマティックサウンドを得意とし、モンスターハンター:ワールド メインテーマ「星に駆られて」やFINAL FANTASY XVのDLC「オンライン拡張パック:戦友」や「エピソード イグニス」などハイエンドゲームタイトルの楽曲制作、マルチチャンネルミキシングを担当している。
ゲーム音楽制作では仕様考案やミドルウェア実装も行なうなどトータルプランニングを可能とするスキルを持つ一方、2018年8月(株)エイリム「ブレフロ音楽祭」ではオペラシティーにてオーケストラとブズーキ演奏共演。TV番組やアニメ劇伴への楽曲提供など活動の舞台を広げている。

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