2018.04.22
スタッフHです。
冒頭から結論を言えば、本日は「100個近くのパラメータを持っているコンプ」をご紹介する記事です。
ウェブや雑誌などの広告でよく見かける「最強のXX」という表現。これは私たちも時おり使用いたします。自信をもっておすすめしたい、他を圧するほどの製品などの際には、自然とこのような表現になってしまうことが多いものです。
しかし一方で、私たちが「最強」と思っているものが、全ての方に当てはまるとは、もちろん考えているわけではありません(実際のところ、私たちスタッフの中でさえ、好みは多種多様。どのピアノ音源が好きかで日々違いの意見を言い合っている光景もよくあります)
今日のお題とするコンプレッサーを例にとって考えてみます。
みなさんはどのようなコンプが好きでしょうか?私たちが取り扱う製品の中でも、コンプというだけなら数十種類の製品があります。処理されたことも気づかないほど自然なコンプレッションを行うもの。色付けが強く、クセの強いもの。操作がシンプルで、簡単ステップでイイ音になってくれるもの。歴史に残るヴィンテージ機器を精密にモデリングしたもの。
あるいはダイナミクスにまつわるありとあらゆるところまで設定が可能で、膨大なパラメータにアクセス可能なもの。
今日は、この「最強」なまでに細やかな設定が可能で、私たちが知る限りでも最大級に設定できるパラメータが多い中上級者向けのコンプレッサー、Flux::のAlchemistについてご紹介したいと思います。
Flux::社はもともと超ハイグレードDAW、Pyramixの専用プラグインを開発していたブランド。PCM384kHz、DXD/DSDにも対応するハイ・プロファイル仕様をもって生まれた製品ですが、のちにNativeプラグイン化され、AU、VST、AAXなどにも対応するようになりました。近年ではSoundGridフォーマットにも対応し、DiGiGrid IOSやWAVES Impact Serverなどの外部プロセッサによる処理にも対応しています。
そんなFlux::の中でも異彩を放つダイナミクス系プラグイン、それがAlchemistです。
Alchemistは、1〜5バンドを自由に設定可能な、シングル/マルチバンドコンプ。バンド数の増減はプラグインの中からクリック1つで行うことができます。シンプルな用途なら1バンド、精密なマスタリングを行いたい際には5バンド。使い方は自由です。この5バンドは、もちろん完全に独立してAlchemistの膨大なパラメータにアクセスできます。
ゲインコントロール系には、インプットゲイン、アウトプットゲインはもちろん、パラレル・コンプレッション用のミックスコントロール、不慮のピークを心地よい歪みに変えるクリッピングコントロールを装備。Flux::製品のグラフィックは見た目もクールなものが多いのですが、実はこういったアナログの心地よさにも深い理解があるといえます。
イン&アウトのゲイン設定を持ったコンプは決して珍しくないですが、Alchemistはなんと「各バンドごと」のゲイン設定も完璧。特にバンドごとのインプットゲインが調節できることは特筆すべきポイント。後述する、各バンドごとのスレッショルドと組み合わせてコントロールすることで、より正確に自分の思い通りのコンプレッションがバンドごとに行えるということを意味します。
コンプとはまた別のアタック処理として注目されているのが、トランジェント処理系のプラグインです。トランジェントとは音の立ち上がりの最も最初の部分で、音声の立ち上がりからわずか数msecほどの、コンプレッサーでは対処しきれない部分。AlchemistにはこれをコントロールするBitter/Sweet機能が搭載されています。
Bitter/Sweetは処理を行う素材の距離感をコントロールするような感覚で使えるプロセッサ。音が近すぎて張り付いて聞こえるものを少し遠くにしたり、遠い素材をもっと手前に持ってくるような処理が可能です。
友人が自宅で録って送ってきたアコースティックギターの音が「近すぎて」オケになじまないという場合、Bitter/SweetをスッとSweet側に回せば、不思議なほど簡単に「一歩奥」に下がってくれます。リバーブを使って奥に配置したときのような余韻がつくこともありません。ソフト音源に収録されたドラムのサンプルが「ちょっと遠い」と思ったら、わずかにBitter側に回すだけ。まるでマイキングの時点に立ち返ったかのように、マイクを近づけた時のような変化が得られます。
このBitter/Sweet処理はダイナミクス処理の前/後いずれも選択が可能。この辺の細かな配慮もまた、Flux::ならではと言いたいところです。
音声をLRに切り分けるステレオ。一方で、音声をM(ミッド)とS(サイド)に切り分けるMSプロセッシングもまた、近年の流行の1つかもしれません。多くの製品が「MSにも対応!」と大きく謳っています。が、Alchemistはそれにとどまらず、バンドごとのオン・オフ設定が可能です。
超低域にたまるワイドなシンセベースのキャラクターや広がりを生かしたまま、センターに位置する部分をコンプする。ドラムのトップに立てた2本のマイクの広がりをコントロールしつつダイナミクス処理を行う。マスタリングで中域だけはMSに、その他の帯域はステレオで処理する。こんなこともAlchemistなら隅々まで設定が可能です。
コンプレッサーの一般的なパラメータといえば、
主なコンプはこれくらいのパラメータを用意していることでしょう。ところがAlchemistでは、コンプレッサーの動作だけでも16種ほどのパラメータを装備しています。エンジニアではない私などにもやさしいオート設定も可能なものもありますが、それもしても多い。ここではいくつかの代表的なパラメータを挙げていきましょう。
ダイナミックレシオ:一般的なコンプの「レシオ(比率)」といえば、絶対的な存在です。いかなる信号が入力されたとしても、一定のレシオで処理をすることが最大の仕事。Alchemistのダイナミックレシオは、そのレシオ設定を「まぁ、ざっくりやりますね」的な設定をするもの。0%の設定では効果ナシ、100%の設定では相当ユルユルのコンプレッションを行います。この「ユルユル」に関しては、ビンテージ機器を実践で使用されてきた方ほど「あぁわかる!」と言っていただけるものかもしれません。実際に中で行われているのは、信号を感知して圧縮率が微妙に変化し続ける、といったもの。
L.I.D:パラメータ名に不可解な略称を用いることはあまり好きではないのですが、まさにこの「L.I.D」は初見で分かりにくいパラメータです。これは「コンプの中にもう一個、コンプがある」イメージ。かといって、「二段がけ」とはまた違います。
一般的なコンプでは、スレッショルドで設定したレベルを元に圧縮がかかりますが、L.I.Dでは信号の「ダイナミックレンジ」を参照に圧縮を行います。つまり、通常のコンプを行いながらレンジの低いところにも焦点を合わせることができ、レベルの高いところへ影響を与えずにレベルの低いところのゲインアップなどが可能なのです。上記したダイナミックレシオを併用すれば、まるでコンプレッションがかかっていないかのようなほど自然に、でもきっちり圧縮をしてくれます。この2つのコンプレッションラインは自然にミックスされ、出力されます。
8つのアタック検知モード:多くの方が愛されているクラシックでビンテージなハードウェアコンプ。それぞれのビンテージには音声のアタックを検知する素子をもっており、それによってキャラクターがあったといってもいいでしょう。Alchemistのグラフィックはクールで遊び心の少ない仕上がりですが、アタック検知モードには8つのキャラクターが潜んでいます。実際のコンプにもFET、VCA、Opto等々の仕様があったように、Alchemistには8つの顔があるのです。説明書からそのモード説明を抜粋してみました。
…ね。ここに書いてある詳細を全て理解する必要はありませんが(耳で聞いてよいものを選んでもらえればいいと思いますが)、クラシックからモダンまであらゆるコンプキャラクターをカバーしていると言えましょう。
雑誌やウェブ記事などで、エキスパンダーエフェクトの紹介をする際によく言われているのが「コンプレッサーと逆の働き」と書かれているのを目にします。たしかに、間違いではありません。コンプは「大きい音を抑え、小さい音はそのまま」、エキスパンダーは「小さな音をより小さくし、大きい音はそのまま」ですから、処理を行う対象としては「反対」といえます。
Alchemistにはもちろんコンプレッサーの他にエキスパンダーも搭載されています。複合して使うこともできるので、これ1つでダイナミクス系はバッチリ。
しかし、もっと「他のもの」も搭載しているのです。それが「デコンプレッサー」と「デエキスパンダー」。名前の通り「コンプの逆」「エキスパンダーの逆」の処理を行うもの。
DCompressor:大きな音をより大きく、小さな音はそのまま
DExpander:小さな音をより大きく、大きな音はそのまま
このような処理が可能。それぞれのプロセッサには上記でご紹介したダイナミックレシオやL.I.Dもコンプとは独立して搭載されており、細やかな処理もできます。音のアタックからリリースまでのダイナミクスは、もうこれ1つで完璧ともいえるほど、パラメータが充実しているのです。
多くのプラグインにはA/B比較用のスイッチが搭載されています。これは、今や珍しいものではありません。2つのパラメータをスイッチ一つで切り替えて、ミックスの中でよい響きになるほうをチョイスするために、便利な機能ですよね。Alchemistを始め、Flux::の多くの製品にも搭載されています。
しかし、Flux::は一歩先の機能としても使うことができるのです。それが、モーフィング。つまり、AとBのパラメータの間をスムーズに遷移させたり、あるいはその中間といったパラメータにしてみたりといったことが可能なのです。そしてこのフェーダーをオートメーションすれば、曲の間でも自然なダイナミクスの変化をつけることができます。わざわざ複数のコンプを立ち上げてオン・オフのオートメーションをすることとは異なり、パラメータもモーフィングしながら変化するので、不自然な仕上がりになることはありません。
プラグインデベロッパーが開発の段階で最も重要視しているのは、出音の次にグラフィックでしょう。どんなに音のよい製品でも、見辛くわかりにくいグラフィックでは処理を行う気になれませんよね。Alchemistはなんと約100個ものパラメータを装備していながら(これはこれで1つ、驚くポイントですが)実際に触ってくださった人には「すんなり理解できるね」という評価を多数いただきます。
これはなにより「入力された音声が、いまこのようにレベル変化してるよ」ということを表す動的なグラフィックが充実しているからといえるでしょう。実際にAlchemistが動作しているサンプルをお見せしましょう。
上段に表示されているのは各バンドごとのダイナミクス処理を示したもの。潰されている帯域、持ち上げられれている帯域、バンド数、全て一目でわかる状態が表示されています。中央下部にはVUメーター、インとアウトの差分を表示するメーター、Alchemistが行なったダイナミクス処理を表すメーターを完備。そして最も特徴的なのが、中央のグラフィックでしょう。
コンプなどではよく見る、スレッショルド、レシオやニーを一括表示したグラフです。ここまでに書いてきた通り、Alchemistは非常に複雑なダイナミクス処理を行なっています。ただ単に潰しているだけ、ということはありません。全てが統制された完璧なデジタル処理から、圧縮モレ、あいまいに設定したレシオ。その全てを完璧に表現するグラフィック。音は耳で判断をすべきで、決して目で行うものではありませんが、それにしてもわかりやすい。圧縮やブーストの量が一目でわかってしまいます。
こんな「目による補完」も相まって、100個近いパラメータを持つAlchemistは誰にでもわかりやすいダイナミクス系プラグインに仕上がりました。ぱっと見は100個ほどのパラメータが眼前に迫ってきますが、ベースとなる仕組みを理解した瞬間に「自分が触りたいところ」の選定もすぐにできるでしょう。
そしてなにより、ハイプロファイルなPyramix専用プラグインだった時代から培われた技術がすばらしい。かなり深めにコンプしているのに、それをコンプしていると感じさせないほどの透明な仕上がりは他にはありません。
プラグインエフェクトは最も多くのデベロッパーからリリースされている製品の1つと言ってもいいでしょう。そして世の中に「悪い」製品は1つもありません。特定のキャラクターを得たいと思うときに使うもの。外科手術のように正確無比な処理が求められるもの。処理をしたことが分からないほど自然なもの。多くの方が様々な理由でミックス作業の中にコンプを使います。
Flux::のAlchemistはそんな要望の「ほぼ全て」を叶えてくれるコンプレッサー。よって私自身はこれを「最強」のコンプレッサーと呼びたいと考えるのです。
Alchemist