2020.12.10
名門、青葉台スタジオでキャリアをスタートしたのちフリーに転身し、サカナクション、フジファブリック、Chara、米津玄師などの作品に携わるエンジニア、土岐彩香氏。その確かな技術とセンス、音に対する探究心から数多くのアーティストから信頼を受け、最も忙しいエンジニアの1人とも言える。そんな氏が愛用しているモニタースピーカー、ヘッドフォンはフランスFocal ProfessionalのSolo 6 Be、Clear Professionalだという。
特にClear Professionalに関しては、モニター用のヘッドフォンとしてはなかなか高額な約20万円という定価ながら、土岐氏は「聞いてみて、すぐに買おうとその場で即決した」という。彼女のシグネチャー・サウンドはFocalを通してどのように生まれているのか。導入の決め手を伺った。
MI
土岐さんはかねてよりFocalの製品をご愛用くださっているとのことですが、現在お使いのモデルは?
土岐 彩香
(以下、土岐)
モニタースピーカーはSolo 6 Be、ヘッドフォンはClear Professionalです。Clear Professionalの前にはSPIRIT Professionalを使っていました。Solo 6 Beは2013年くらい、まだ日本では使用している人がほとんどいなかった時に購入して、今も愛用しています。
MI
Solo 6 Beを導入された決め手はなんだったのでしょう?
土岐
ニアフィールドモニターを探していて、一通りのモデルは借りてみて試しました。その時一番気になったのは「ジャンルによって印象が変わるスピーカーがあるな」ということ。歪んだロックは格好いいけど、アコースティックだと物足りないと感じたり、ピアノは綺麗に聴こえるんだけどロックだと何か物足りないとか。そういう印象を多くのモデルに感じたんですね。FocalはSolo 6 Be、Twin 6 Be、CMSなどを試しましたが、その「ジャンルによって印象が違う」といったことがなかったので、この中から選ぼうと思いました。
CMSだとパワー的に心もとなくて、Twin 6 Beは金額面、持ち運びの面、それからニアフィールドということを考えるとここまでは要らないかなと。それでSolo 6 Beに決めました。
MI
土岐さんのイメージ通りの音が出ていたということでしょうか?
土岐
そうですね。バランスがよくて…上品!上品で、丁寧な印象を持ちました。
MI
上品!嬉しいコメントです。同様にClear Professionalについてもお伺いしたいと思うのですが、Clear Professionalを導入された時期や決め手を教えていただけますか?
土岐
Clear Professionalは発売から程なくして購入しました。定価で約20万円ということで、最初にインパクトを感じたのは値段でしたが(笑)、エンジニア仲間と集まってデモ機を借りて試聴会を行ったんです。聞いてみて、すぐに買おうとその場で即決しました。
MI
それは、Focal好きの土岐さんの「ひいき」があった訳ではなく?
土岐
その前に使っていたのが同じくFocalのSPIRIT Professionalだったので、Focalなら間違いはないだろうと信じていた部分もありましたが、安い買い物ではないので「一回聴いてみたいな」と思って。でも聴いた瞬間に「あ、値段は関係ないな、これ買おう」って。
MI
その「決め手」になったポイントを教えてください。
土岐
一番の決め手はローの再現性ですね。
色々なリファレンス音源を聴いてみて、他のヘッドフォンだと「誇張を感じる」ようなものがあったり、「100Hz以下は全部同じような聞こえ方がする」ものだったり。30Hzくらいの情報も50Hzくらいの情報も一緒くたで「はい、ローです」みたいな雑な音のものがほとんどだったんです。
MI
なるほど、耳につきやすいミドルやハイの違いはわかるけど、ローエンドに差がないということですね。
土岐
Clear Professionalはローの質感、捉え方、スピード感まで細やかに違いが分かると感じました。これならローの消え際まで判別できるなと思って。これが購入の決め手ですね。
MI
Clear Prodessionalは開放型のヘッドフォンです。一般に開放型というと低域が抜けてしまうものが多いかと思いますが、Clear Professionalはローエンドまで確認できることも特徴の1つです。
土岐
あまり開放っぽすぎないですね。密閉型に近い聴こえ方だけど、空間を感じるので疲れない。嫌なところがない。私の場合、時期によっては1日10時間くらい使う日もありますが、それでも大丈夫ですし。
MI
ヘッドフォンで作業される時間も長いのですね。
土岐
私のClear Professionalはかなり長時間稼働をしてくれていると思います。最初の音色の作り込みはヘッドフォンの方が分かりやすいのでヘッドフォン。レイヤー感とか空間ぽさのようなところはヘッドフォンとスピーカーを併用してチェックして、バランスをとります。なので必然的にヘッドフォンを使っている時間が長くなるんですよ。
MI
となると、ある意味ではどこでもスタジオというか、Clear Professionalがあればどこでも作業ができるということですね。
土岐
そうですね。例えばエンジニアの中でもラージを使わないと低域の確認ができない、ということを言う方もいますが、それってニアフィールドだと低域が確認しきれないからなんだと思うんです。だからラージを音色作りって意味で鳴らしてるんじゃないかなと。でも、低域はClear Professionalが一番「わかります」(笑)だから私はどこでも作業できますね。
MI
勝手ながら「しっかりとしたミックスをするには、まずモニタースピーカー…」なんて盲信していました。
土岐
もちろんスピーカーも大事だと思います。でもスピーカーって設置や場所に影響されてしまうじゃないですか。設置によって左右されてしまうスピーカー環境って、そのスピーカーを生かし切れていないとも言えるし、そんな環境でミックスをするのってすごくリスキーだと思うんですよ。
MI
なるほど、そこでどこでも安定した環境と高いクオリティが得られるClear Professionalの出番が必然的に多くなる訳ですね。以前雑誌で土岐さんが「Clear Professionalは高額だけど、元は取った!」とお話されたのを拝見していましたが、ここまでのお話を聞いて納得しました。
土岐
めちゃくちゃ使ってますし、めちゃくちゃ布教してますからね!(笑)私のClear Professionalを試してみて、実際に買った人も何人もいるんですよ。
MI
本当にありがとうございます!
MI
Focal Professionalというブランドは、スピーカーとヘッドフォンの差を可能な限りなくし、スピーカーとヘッドフォンを併用しても違和感なく双方でチェックできることを目指しています。土岐さんはまさにSolo 6 BeとClear Professionalをお使いですが、この点はどう感じられますか?
土岐
違和感なくどちらでも作業ができますね。スピーカーを置くスタジオによっては「センターの歌の見え方」みたいなところに差が出てしまうところもあるのですが、全体の質感や思い描いたバランスはそのまま。私はヘッドフォンでの作業が多いけど、かといってスピーカーでの確認も絶対に必要だし、1個で完璧というものはないんです。
Solo 6 BeとClear Professionalの組み合わせだと、シームレスに切り替わってくれるような印象があって、エンジニアとしては何も考えずに音のチェックやミックスに集中できます。でも、複数の環境でチェックすることは本当に大事だと思いますね。
Recording/Mixing engineer
青葉台スタジオからエンジニアのキャリアをスタートし、現在はフリーランスで活動中。
打ち込みと生音の合わさるダンスミュージックを得意とする。
ついベースとキックを大きくしがちな、グルーブ好きエンジニア。
長年にわたるfocalユーザーです。
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