2018.05.23
自分でミックス~マスタリングまでこなすプロデューサー向けにお送りする連載の第4回目。前回はStereoizerやStereoplacerでステレオイメージを調整して音像を左右に広げました。
今回はミックスの仕上げからマスタリング作業の手前までを紹介します。といっても僕は本職のマスタリングエンジニアではありません。しかし、次から次へとリリースを重ねるスピード感が求められる現在では、自己流でもマスタリングできた方が良いでしょう。その時に役立つツールがNugen Audioのプラグインです。
前回はStereoizerやStereoplacerで音像を左右に広げましたが、実際のミキシングでは、さらに各トラックにセンドエフェクトでリバーブを薄くかけて音を馴染ませたり、様々なエフェクトを駆使してミックスしていきます。こうしたエフェクトはかけ過ぎに注意しましょう。エフェクトのかかり具合はモニター環境次第で違って聞こえる事もあるので、かけ過ぎは時として意図しないサウンドになることがあります。
こうしてミックスを終えたらステレオのオーディオファイルに書き出しますが、これを2mix(ツーミックス)と呼ぶことが多いです。
さて、この連載をお読みの方の中には、「コンプレッサーが出てこない…」と薄々お気づきの方もいるでしょう。コンプレッサーもミックス作業では必須とも言えるエフェクトで、EQと組み合わせることでサウンドを自在に操ることが出来ますが、Nugen Audioのプラグインにはコンプレッサーがありません。書けるスペースも限られているので、残念ながらまたの機会に譲るとしましょう。
マスタリングとは何のための作業でしょうか?WikipediaにはマスタリングはCDなどを量産するための原盤の作成と書かれていて、要はメディアに合わせて適切なマスターを作る作業です。現在はメディアが多様化して、デジタル配信/動画/CD/レコード/カセットテープと様々ある時代なので、それぞれに合わせたマスターの作り方があります。
一昔前のマスタリングでは、マスタリングスタジオに出来上がった音源を持込み、高価なアウトボードで音作りして音質や音量を揃え、曲間の長さを決めます。この工程はプリマスタリングと呼ばれており、本来のマスタリング
の準備段階に当たる部分です。その後、CDプレス工場に納品するCD-Rを焼き、量産に必要なPQシートを作ったり、エラーチェッカーの測定結果を添付したりする作業が本来のマスタリングといわれていました。
1990年代後半からマスタリング作業がデジタル化され、以前よりも大きな音量を入れられるようになると、いわゆる音圧戦争がはじまります。前述のプリマスタリングの役割が大きくなり、マスタリング=音圧を稼ぐ作業と思われていた時期もありました。
現在はデジタル配信が盛んになり、CDプレスもDDP規格が普及してデータ入稿が可能なので、本来のマスタリングの工程は簡素になりました。今ではマスタリング工程の多くがプリマスタリングといっても差し支えないでしょう。
僕の個人的な考え方としては、マスタリングは「完成の儀式」だと思っています。DAWの進歩でいくらでもやり直しが利く現在、作品が完成した区切りを付けるためにマスタリングする考え方です。マスタリングは時として、高価なケーブルやアクセサリーを使い、リスナーには気付かないような微細な音質変化に気を配る、難解なイメージがあります。しかし、それも儀式の一種と考えれば、少しは気が楽になるのではないでしょうか。
ただ、この儀式を行うには、素材となる音源に対して客観的な視点が必要となります。自分好みのサウンドを追究するよりも、それぞれの楽曲の音質と音量を揃え、リリースするメディアに最適なマスターを作ることが求められる工程です。
自分の作品を客観視してマスタリング儀式を執り行うのは禅問答のような行為なので、第三者に頼みたくなることもあるでしょう。しかし、予算や諸々の事情により自分でマスタリングするのならば、Nugen Audioのプラグインが客観的に見られるツールとして役立ちます。中でもアナライザーのVisualizer/インターサンプルピークを抑えるISL 2/ラウドネスを計測・調整するMasterCheck Proの3つは自己流マスタリングを支えてくれるツールとなります。前置きがすっかり長くなりました。笑
今回の企画では自分でマスタリングをしますが、外部のマスタリング・スタジオに出すにしても、マスタリングに向いた2mixというものがあります。中でも特に気をつけなければならないのが音量です。
自分のやり方としては、マスタートラックにはVisualizerだけインサートして、他のエフェクトは全てオフにします。トータルEQやコンプなどはマスタリングの段階でかけるので、ミックスの段階ではかけないようにします。
さて、この状態でマスターのヘッドルームはちゃんと空いているでしょうか?ミックス中についつい音量を上げていませんか?いったん音が潰れてしまうと元の状態に戻すことは困難です。それでもマスタリングはできますが、余計な手間と時間がかかるので勇気を出して音量を下げましょう。この音量のチェックにもVisualizerが役立ちます。
よく言われることですが、ミックスをしっかり行っておけばマスタリング作業は楽になります。逆にミックス上手 く出来ないからマスタリングでなんとかしよう、というノリでマスタリングするとドツボにはまります。
きちんとした2mixが書き出せたら次はマスタリング作業に入ります。上の図は僕のスタジオのマスタリング用セットアップですが、音作りはアウトボードで行い、DAWはやっぱりAbleton Liveを使います。
マスタリングにLive?と思う方もいるかもしれませんが、プリマスタリングの段階であれば機能的にはLiveでも十分です。EQとコンプでの音作りは「儀式やってる感」が出るアウトボードを使うし、Liveは使い慣れているので作
業中のストレスも少ないのです。
ただ、マスタリングの全てをアウトボードで行うのではなく、マキシマイザーやノイズ除去等はプラグインを使っています。それは単純にコストが安く、多少はリコールが利くメリットがあります。儀式なのに潔くないですが…笑
また、サンプリングレートの変更など一部の処理はSteinberg WaveLabなどマスタリング専用のDAWを使っています。Liveでもサンプリングレートを変更できますが、再生時の音が劣化するので推奨はされていません。Liveでのマスタリングに興味ある方は、 Liveマニュアルの32.3 オーディオファクトシート にLiveのオーディオエンジンに関する様々な情報が載っています。
さて、ここまでマスタリング作業にとりかかる前の事を書いてきました。きちんとしたマスタリングスタジオでは、 DAWにAbleton Liveは使わないと思います。しかし、知り合いのマスタリングを行うアーティストが「マスタリングはライブだ」といっていたように、作業のストレスがないのは、DAWによる音質の違いよりも重要ではないのかと思います。あくまで作品完成の儀式ですから、それぞれのやり方で儀式を行えば良いと思います。
次回はこの連載初登場となるMasterCheck Proを使いながら、どのメディアにはどれくらいの音量を入れれば良いのか、実践編を書いていきたいと思います。
Artist, Producer, psymatics label founder, Ableton Certified Trainer, Ableton Meetup Tokyo founder, LANDR Contents Adapter
Koyasは東京を中心に活動しているアーティスト・プロデューサーでエレクトロニックなライブ・アーティスト向けレーベル”psymatics”を運営している。
彼はDJ Yogurtと共に数々の作品をリリースし、Fuji Rock Festivalをはじめとする数々の舞台に出演、曽我部恵一BAND/奇妙礼太郎/ケンイシイ等幅広いジャンルのリミックスを手がけた。
その後2013年に電子音楽における演奏の要素にフォーカスしたレーベル、”psymatics”を設立し、翌年にはCD HATA(from Dachambo)との即興セッションユニットで作品を発表。psymaticsレーベルは、2015年にイギリスの伝説とも言えるアーティストThe Irresistible ForceのリミックスEP ”Higher State of Mind”を12インチヴァイナル限定でリリースした。
彼はそうしたアーティスト活動の一方で音楽機材や制作に深い造詣を持ち、雑誌やwebメディアに音楽制作や機材についての記事を寄稿・翻訳するなど文化的な活動もしている。2014年に日本人として初のAbleton認定トレーナーの一人となり、東京のAbletonユーザーグループ”Ableton Meetup Tokyo”の発起人として定期的にミートアップを開催している。
psymatics
http://psymatics.net/
Ableton Meetup Tokyo
https://www.facebook.com/AbletonMeetupTokyo/
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