2021.07.28
マルチチャンネル・オーディオの伝送を複数のオーディオ機器間で行えるネットワーク・オーディオの代表格といえばDanteであり、長距離伝送が可能で、複数の機器間の信号のやり取りがネットワーク接続だけで行えるというメリットから、大規模な音響設備やライブサウンドの世界では、急速に浸透している規格と言えるでしょう。
レコーディングスタジオでは、Danteはどちらかというとまだ新しい規格で、評価も定まっているとは言えません。そこで、レコーディング・エンジニアの森元浩二.さんに徹底的にDanteの音質を検証して欲しいとお願いをしました。
Focusriteを初めDante対応の機器を販売する立場の私達も、結果次第では今まで説明してきたことが覆ってしまうかもと内心ドキドキしつつ、この検証に参加しました。
それでは、森元浩二.さんによる検証レポートをお楽しみください!
Dante、MADIのケーブル一本で多チャンネルデジタル転送できるのは手軽で便利だけど、音質という点ではどうなの?と皆さん疑問を持っていると思います。私は日本プロ録音賞で日本レコーディングエンジニア協会として審査員をやっていますが、数年連続で最優秀賞を取っているクラッシック音楽作品のレコーディングは、ステージ側にマイクプリを置いて、デジタル転送録音されたものです。あまりの高音質だったので、その作品の続編のホールでのレコーディングがあると言うことで、ホールに見学に行かせて頂きました。電源やアースなどに細心の注意を払ったものでしたが、音声はMADIの光ケーブルで転送されたものを録音していました。可能ならアナログ回線で引き回したほうがいいのでは?と質問しましたが、アナログ回線特有の劣化を考えると今はデジタル転送の方がいいと説明され、出来上がった作品の高音質を考えると、その考えは正しいのだろうと納得をせざるを得ないと思いました。
その経験の後、DanteとMADIのどちらが音質がいい?という疑問がもちあがり、スタジオでDanteとMADIの両方で転送できる機材を組んで実験をしました。その時の実験ではMADIの方が音がいい、AESと遜色が無い。Danteは少し音質が落ちるという結果になりました。それでもMADIは一対一の接続で64chまでですが、DANTEは512ch、ネットワークも組めて、その拡張性からこれからはDanteになるのだろうと思いました。
では、その便利なDanteは、使用するLANケーブルで音質は変わるのか?という疑問を解明すべくスタジオで試聴して確認をしました。
試聴機材は、Focusrite RED 8 Pre+ ProToolsシステム→ Ethernetケーブル→ Foculite Rednet A-16R→AES/EBU→Avid HD i/oで、2セットのProTools HDXシステムを組みました。
Dante用のEthernetケーブルを挿す部分には、すべてAudinate製の基盤が入っていて、トラック数により3段階のクラスに分かれています。今回実験した2機種は128chまでの中クラスのBrooklyn 2が入っています。ケーブルは電気量販店で売られている汎用品からハイエンド・オーディオで使われるものまで数種類を用意し、途中にネットワーク・スイッチ(いわゆるハブ)を入れたら音は変わるのか?などいろいろと試しました。
実験方法はケーブルなどの聴き比べをするときによくやる方法で行いました。ケーブルを変えながらその場で聞いた印象は、使っているケーブルの見た目や値段などに影響されてしまいがちです。それを避けるために通した音を録音して、全てのパターンが録音し終わった段階で、音だけを聴いて違いを判別するブラインド試聴をして、違いがあると感じた場合も複数回やって、答えが同じにならない限りは、違いはないという結論にすることにしています。今回はメディア・インテグレーションの2名と私とアシスタントの計4名で行いました。
今回使ったケーブルは7種類。一般的なインターネット機器の接続に使われるCat5e、Cat6、ハイエンドオーディオ用の3種類と、長さによる変化を確かめるためにCat5eの20mの長さのケーブルも用意しました。DANTEはネットワーク・スイッチ経由で接続することが多いので、スイッチによる影響も確認するためにスイッチのあり/なしも聴き比べました。その際使用したスイッチは音響用の高価なものではなく、家庭規模のネットワークシステム構築で使われる安価な物を使いました。送り出しのProTools Ultimateにリファレンス音源を入れ、それをPre8のDante出力から出し、A-16RのDante入力に入れ、A-16RからAES接続のHD I/Oを使い、ProToolsに録音します。すべてパターンを録音したら、再生係を決めて試聴者は何を聴いているか分からないようにします(ブラインド試聴)。多くを一度に聴いてもわからなくなるので、2種類をABと表現して音を出します。試聴者はABの違いが分かるかどうか、分かったと思った場合でも2度、3度と繰り返して、毎回正解しないと、違いは無いと判断します。今回はDante転送で使うケーブルによる違いを確認するとともに、Dante転送そのもによる変化も確認するために、転送元のファイルと、転送後のファイルの聴き比べも行いました。
数時間に及ぶ試聴実験を行った結果ですが、当初の予想とは違うものになりました。
結果はDanteは使用するケーブル、長さで音質の違いはありません!またネットワーク・スイッチを通しても音質は変わりません!コンピューターのEthernet端子を使って、ソフトウエアでDanteを使えるようにするDante Virtual Soundcardを使う方法も試しましたが、こちらは100%聞き分けることができる、少し劣化した音質になりました。
では、数年前にDanteとMADIを比較したときにはMADIの方が音がいいという結論だったので、ケーブルによる違いはないけど、そもそもDanteの音質はどうよ?と言うことで、転送元のデーターを転送後録音しているProToolsにインポートして、元と転送後を再びブラインドテストしましたが、全く違いがなく驚きました。DanteはAudinateのカードでクロックも含め、すべてをコントロールしているので、以前聴いた状態より、ファームウエアのアップデートで精度があがり、現在は音質劣化はゼロのところまで来たと私は感じました。
ちなみに、すべてのトラックは逆位相で音が消えるか?の実験をしていますが、明らかに音の違いがあるDante Virtual Soundcardを使った転送でも、無音になりました。デジタル数値的には同一でも音の違いはあるというというのを加えてお伝えしておきます。またAvid Carbon InterfaceのAVBで同じ実験をした際は、Ethernetケーブルによる音質の変化が認められ、アコースティック・リバイブの物を購入したのですが、AVBが劣っているというわけではなく、DVSと同じくコンピュターのEthernetポートを使用するインターフェースとの接続方法によるものだと思われます。専用機器同士での試聴実験をやらないと正確なことは言えませんが、それは次の機会に確認をしたいです。
primesoundstudio form チーフエンジニア
primesoundstudio formのチーフエンジニア。日本レコーディングエンジニア協会副理事。1986年先鋭レコーディングエンジニア集団サンセットミュージックに所属。1992年橋本まさし氏とSOUND DALIを設立。2002年にこれまで日本の数多くのスタジオとNY、LA、LONDONのスタジオで培った、スタジオへの想いを込めたprimesoundstudio formを立ち上げ現在に至る。これまでに浜崎あゆみ、三代目J Soul Brothers、甲斐バンド、AAA、DA PUMP、E-girls、水樹奈々、雨宮天など、ジャンルを問わず数多くのアーティストの作品に携わる。