ネットワーク配信時代のマスタリング・ツールセットをナカシマヤスヒロ氏がレビュー。
2018.02.01
「音を視覚化するメーター・プラグインは、音を変えることはない」と考える人が大半だと思います。
では、とても細かいEQ処理などをしていて音が変わっていると思っていたのに、プラグインがバイパスされていて実際は何の変化もなかったという経験はないでしょうか?
そのくらい人間の耳は音の微妙な変化には比較的鈍感で、視覚に影響されやすいのです。
例えば、スペクトラム・アナライザーやEQカーブのグラフなどといった視覚的要素満載のデジタルEQプラグインのパラメーターを、フィジカル・コントローラーに割り当てて目をつむったままEQした場合、恐らく画面を見ながらEQした場合と同じ結果にはならないと思います。すなわち、見ているものによって結果が変わっているのですから、使うメーター・プラグインで音が変わっても不思議ではないのです。
そういう意味ではNugen Audioのプラグインは、どれもとても高いフレームレートで動作している点で、入力された音をとても正確に視覚化していると感じます。多くのDAW付属のアナライザーよりはるかに素早く動作している印象です。デザインも黒を基調につつも情報の表示を細かく色分けしてカスタマイズできることが多く、情報の把握に集中できます。創意工夫の邪魔はしないけれど問題を未然に検知できるという意味で、「音を変える」「仕上がりを変える」ことがあるプラグインバンドルといえるかも知れません。
Nugen Audio Modern Mastering Bundleには、True Peakを検出しリミッティングするISL 2、高性能アナライザーのVisualizer 2、そしてラウドネス計測と圧縮アルゴリズムごとのサウンドプレビューを行うMaster Check Proの3つのプラグインが収録されています。
主な使い方は、マスターバスにISL 2→Master Check Pro→Visualizer 2の順にインサートして、万が一のTrue Peakリミッティング→レベルやピークの監視というフローになるでしょう。
まずはISL 2から解説していきましょう。True Peak(またはInter Sample Peakとも呼ばれる)がどういうものかについては各種解説サイトを読んで頂くとして、まず大前提として音圧をガンガン上げていくタイプのリミッターではないということです。あくまでDA変換やサンプリングレートのコンバートを行う際に起こるTrue Peakのオーバーロードを検知してそれを押さえ込む、というのがほとんど唯一の目的のプラグインと言えます。
通常のリミッターで言うThreshold(場合によってはCeiling)に相当するTP Limというパラメーターは、一般のメーターで表示されるデータ上のピークレベルではなく、あくまでTrue Peakのレベルで、もし前段のリミッターでのアウトプットの最大値と同じ値をTP Limに設定していたとしても、True Peakがオーバーしていればリミッター動作が起こるという仕組みになっています。恐らく想定されている主な用途は、True Peakを検出し確認することであり、万が一の転ばぬ先の杖として無色透明なリミッターが付いていると考えた方が良いのかなと思いました。とは言えAuto Releaseの動作が個人的には興味深く、音作りに使うことも場合によってはありえるでしょう。
次にMaster Check Proです。その名の通り、マスターの最終チェックで行う監視が一通りでき、コンパクトなUIにまとまっています。主に見る部分は左のラウドネスメーターとPLR(後述)メーターでしょう。
まずラウドネスとは何なのか、あまり詳しくない方のために解説する必要があります。かいつまんで言えば、「人の耳の特性に合わせて音量を数値化したもの」です。例えば、DAWのレベルメーターでは同じレベルを示しているハイハットの音と大太鼓の音が同じ音量に聞こえないといった「数値と知覚の不一致」の問題を解決するために、人間の耳に聞こえていて感じている音量をなるべくそのまま数値化しようとしているわけです。
なぜラウドネスという基準が必要になったかについては様々な理由がありますが、知覚に沿った基準値を設けて音量を統一し、チャンネルを変えたとき、番組からCMになったときに視聴者が音量の調整をしなくて済むようにしようというのが大きな狙いでしょう。
放送局などは特に番組ごと(CMなども含む)に作業者が違うため、納品時にラウドネスを統一して納品する必要があります。では、僕のような作曲家にもこうしたプロ仕様のラウドネスメーターが絶対に必要かというと、エンジニアさんに比べたら必要性はそこまで高くないかも知れません(!)。
しかし、いまやDAWやプラグインが高性能且つ安価に手に入る時代です。クラブミュージックなどでは、もはやエンジニアリング自体が表現の一つとなり、作家とエンジニアが分業していないことも多々あります。配信用のマスターをクリエイターが自ら作ることもめずらしくないのではないでしょうか。
そしてApple MusicやSpotifyなどのストリーミング配信サービスや(非公式ながら)Youtubeもラウドネスの自動ノーマライゼーションを導入したことで、音圧が高すぎる音源は結果的に程よい音圧の音源に比べて小さく聞こえるという「意図とは逆の現象」が発生します。
そうした問題を客観的にメーターで把握する場合には、Master Check Pro(以下MCP)はとても役立ちます。MCPは各国のTV放送のラウドネス規定に対応するものから、各種音楽配信サイトやYoutubeなどの動画サイトに対応するまで豊富なプリセットが用意されていて、まずはそうしたプリセットを選ぶだけで、目標とするラウドネスの設定と、配信メディアによって異なるレベルの変化をDAW上でシミュレーション、リアルタイムで確認できます。MCPの機能の中で注目すべきはラウドネスメーターと合わせて音圧を示すPLRというメーターがあることでしょう。PLRとは「Peak to Loudness Ratio」の略で、ピークレベルとラウドネス値の差を値として表示しています。例えばノリ波形・カマボコ波形と言われるような、非常に音圧が高い状態のものほどその値が小さくなります。特にIntegrated(音源全体のラウドネスの平均値)の付近でPLRの値がほとんど変化せず小さい場合は、ラウドネスノーマライゼーションが行われた時の音量が小さく感じられるはずなので注意が必要です。こうしたラウドネスとPLRの組み合わせで音源の音量や音圧を同時に客観的に把握することができます。
また、各種エンコーダー(MP3やAACなどの圧縮コーデック)で変換された場合のピークレベルの表示や試聴が可能で、マスター納品後にサーバー上で変換された際のレベルオーバーを、ISL 2との組み合わせで未然に防ぐことができます。非常に残念なことですが、音楽配信サイトだけでなくテレビ放送ですら、多くの視聴者は圧縮音源で聞いています。こうした変換後のピークレベル確認と検聴は、変換にもある程度耐えられるマスター作りにおいて必須といえるでしょう。
最後にVisualizer 2です。こちらは非常に高いフレームレートで動作する高性能なアナライザーで、スペクトラムアナライザー、RMSとピークを表示するレベルメーター、位相メーターといったベーシックなものから、water fall表示のアナライザー(SPECTROGRAM)、周波数帯域ごとの位相メーター(CORRELATION BY FREQUENCY)など、DAWに付属のものには機能的にも精度的にもなかなかない内容になっています。
個人的にはwater fall表示のアナライザー(SPECTROGRAM)はとても見やすく、特に家庭用のオーディオ機器ではまず再生されないであろう超低域(20Hz〜40Hz付近)の確認にかなり使えます。クラシックの録音などを解析すると、何らかの原因で混入してしまったと思われる超低域の濃淡の差で、別テイクを繋いでいるポイントがわかってとても面白いですよ。
周波数帯域ごとの位相メーター(CORRELATION BY FREQUENCY)も、モノ再生された場合に打ち消されてどの帯域が聞こえづらくなるのかを把握しやすくなるので、最終確認を厳密にしたい時や、ミックス時の客観的な評価にも役立ちます。
またVisualizer 2に限り、スタンドアローン版が用意されていてオーディオインターフェースのINPUTチャンネルを割り当てて計測することが可能なので、録音時のチェックなどにも使いやすいのではないでしょうか。
True Peakだけを検知しリミッティングする、「転ばぬ先の杖」であるISL 2。
ラウドネス、PLR、エンコーダープレビューと重要な3つの機能を1つのコンパクトなUIにまとめたMaster Check Pro。
耳だけでは判別しにくい部分まで正確に画像化するVisualizer 2。
Modern Mastering Bundleと聞くと、まずリミッターやEQを連想するかと思いますが、作品を商品にする作業がマスタリングの第一義とするならば、Nugen Audio Modern Mastering Bundleは商品の品質管理のためのツールと言えるでしょう。思い切りいい曲を作って、最後は安全で優秀な素晴らしい音源にして視聴者に届けたいですね。