2025.12.04
俳優からコーヒーの世界へ―異色のキャリアを経て、2011年、東京・恵比寿に「猿田彦珈琲」を立ち上げた大塚朝之(おおつか・ともゆき)氏。その背景には、「丁寧で誠実な商いがしたい」という強い思いがあったという。資本金ゼロから始まった挑戦は、仲間の支えと、一杯一杯を丁寧に淹れる姿勢によって今や全国に広がるブランドへと成長した。
そして今、大塚氏が大切にしているのは、コーヒーだけでなく“空間”や“音”の心地よさ。長年のご友人であり音楽家の小嶋氏とともに、その哲学を支える「透明感」について話を伺った。
大塚氏:もともと僕は役者をやっていて。それを辞めて、何か手に職をつけようとアルバイトを探したのですが、なかなかうまくいかなくて。そんな時、友人が店長をしていたコーヒー屋で働かせてもらえることになったのが、この世界に入るきっかけでした。
働いてみると、単純に「コーヒーって美味しいな」と思う以上に、「このお店、黒字かな?」って経営の方が気になっちゃって(笑)。でも、大きな資本が動くビジネスより、こういう小さな商いの方が自分の性格に合っているし、面白いなと感じたんです。「ひとつひとつ丁寧に、誠実にやれば、世の中に通用するんじゃないか」って、そんな理想を掲げていました。
大塚氏:当時、僕が働いていたお店は豆屋だったので、試飲販売をしていました。まだ珍しかった円錐形のドリッパーを使って、一杯ずつ丁寧に淹れてお出しすると、お客さんが「美味しいね」と言ってドリッパーと豆を買っていってくれる。気づけば、近隣のスーパーや雑貨店を含めても、僕の店が一番そのドリッパーを売っていたんです。その時、「ああ、こういうことって本当に起きるんだな」と実感しました。
コーヒーには「粉の量」「挽き目」「お湯の温度」「抽出時間」「抽出量」という5つの変数があって。豆を買ってくださったお客さんに「この淹れ方を守ってくださいね」とお伝えしても、家に帰ると8割くらいの方が「お店で飲んだ味と違う」「美味しく淹れられたか不安」と感じてしまう。
それなら、僕らが目の前で一杯ずつ丁寧に淹れて、「これが一番美味しい状態ですよ」とお出しする方が、お客さんも喜んでくれるし、もっとコーヒーのファンになってくれるんじゃないか。そう確信したんです。
そこから事業計画書を書いて、当時のお店の中で猿田彦珈琲のような業態をやりたいと提案したんですが、なかなか難しくて。それなら「これはもう、自分でやるしかないな」と。2011年に独立を決意しました。
大塚氏:「独立します」と宣言したものの、資本金は本当にゼロでした (笑)。
どうしようかと思っていた時、以前の職場で「この事業計画書でやりたいんです」と熱く語って計画書を渡していた同僚の方が電話をくれて。「銀行口座を教えて」って言うから教えたら、5分後に「今100万円振り込んだから、これで店を探しなさい。」と。本当にありがたかったですね。
その100万円を元手に走り回って、最終的には友人や母、兄にも頭を下げてお金をかき集めて、なんとか創業にこぎつけました。
大塚氏:ひとつのユニークさは、やっぱり「名前」じゃないですかね。「猿田彦珈琲」っていう名前は、当時としてはかなり珍しかったと思います。元々、神社とは関係はなくて、お店のロゴをデザインしてくれた、アーティストでアートディレクターでもあるヒロ杉山氏の当時のパートナーの方に、提案してもらったんです。後々この名前から色々なきっかけに繋がったり。鶏が先か、卵が先かじゃないですけど、この名前だから人に嘘はつけないかな、真面目にやらないといけないなと思うようになりました。
大塚氏:僕がお店を始めようとした2011年頃、スペシャルティコーヒーを使ったラテアートのあるカフェラテを提供しているお店は、都内でも数えるほどしかありませんでした。アメリカの雑誌でそういうお店が流行り始めているのを知っていたので、「これは日本にはまだない。特徴になる」と考えたんです。美味しいコーヒーで、見た目も美しいラテアートが描かれたカフェラテ。それが僕らの武器の一つになりました。
大塚氏:うちには、バリスタの技術を競う世界大会で5位になったスタッフもいます。ああいう大会って、ただコーヒーを美味しく淹れる技術だけじゃ勝てないんですよ。
審査員が見ているのは、その人がスペシャルティコーヒーの世界をさらに発展させてくれる「アンバサダー」になれるかどうか。だから、コーヒーオタクなだけじゃダメで、その魅力をお客さんに伝え、コーヒーの世界を広げていくためのプレゼンテーション能力や人間性が問われるんです。
大塚氏:だからこそ、僕らは「お客さんあっての我々だ」ということを徹底しています。研究者になるんじゃなくて、あくまで「接客マン」である、と。
実はこれ、僕が役者時代に全くできていなかったことへの反省なんです。当時は自分のことばかりで、お客さんのことを全く考えていなかった。その結果、周りの人を不幸にしてしまったし、食事にも困るような生活になってしまって…。
だから、この会社では「お客さんを向いていれば、最低限ご飯は食べていけるんじゃないか」というのを基本にしています。500円というお金をいただくために、どれだけ必死になれるか。その積み重ねが大事だと、スタッフにはいつも伝えています。
大塚氏:野球で言えば、「9人全員が1番バッター」みたいなチームが理想だと思っています。それぞれが違うポジションで、それぞれの役割で最強になれたら、すごいチームになるじゃないですか。
正直、僕は今でも会社の細かい数字はほとんど見ていません (笑)。それよりも、僕らがやっていることがちゃんとお客さんを幸せにできているか、不幸にしていないか、ということの方がよっぽど大事だと思っています。
会社を大きくしていく中で、どうしても本質を見失いそうになる瞬間はあります。でも、そういう時こそ「僕らは何のためにコーヒーを淹れているんだっけ?」と立ち返ることが重要なんです。
大塚氏:長くお客様から愛されるお店にしたい。という思いが強くあって、お店の空間作りで、実は「話しやすさ」をすごく大事にしています。だから、人の声や音が響きすぎないように、吸音材を使ったり、床をカーペットにしたり。
音楽も同じで、お客さんの会話を邪魔するようではいけない。でも、ふとした瞬間に耳に入ってきた音が心地よかったら、コーヒーを飲む時間がもっと豊かになりますよね。
ちなみに店舗でかかっている音楽は、FPM(ファンタスティック・プラスティック・マシーン)の田中知之氏にお願いして、季節ごとに選曲してもらっているんです。
大塚氏:そんな中、僕がネットで気になったスピーカーを見つけて、音楽や機材に詳しい友人の小嶋氏に「これってどういうスピーカーなの?」と相談したのがきっかけです。小学校からの友人で、基本的に音楽のことは彼に聞いて、彼が良いと言うなら間違いないだろうという信頼関係があったので。彼が「すごく良いよ」と推薦してくれたので導入を決めました。
小嶋氏:彼はもともと俳優をやっていたので、カルチャー全般、映画や音楽などのクリエイティブなものも元々好きだったんです。その昔、音楽を一緒にやっていたりもして。そういうある種の共有感覚がある中で、彼からの連絡で送られてきたのが FOCAL SHAPE のウェブページのリンクだったんです。
その当時、ちょうど自宅の作業スペースでもSHAPE 50を使っていて。SHAPE シリーズは素直な音で、楽器が楽器の音としてちゃんと聞こえてくるナチュラルな音が特徴だと思います。飲食店のBGMの音は主張しすぎるのは良くないですが、邪魔にはならず、でも音楽にも耳がいく。このスピーカーならそういうコーヒーがもっと美味しく感じられる、豊かな時間の手助けになると考えました。
大塚氏:僕もとても気に入っています。音がはっきりしている印象で、自宅や他の場所で聞くのとは違う高揚感、特別な空間に来た気持ちになりますね。以前、DJをかじっていたスタッフが「クラブっぽい」と表現していましたが、まさにそのような高揚感が好きなんです。このスピーカーの音は、ちょっと違う気がする。その「違い」が嫌じゃない感じで存在してるんです。
小嶋氏:そのちょっとした「特別感」は、やっぱり一般的な飲食店で流れている音とは違う鳴り方だからだと思います。コーヒーを味わいながら、一般のお客様にも自然に音楽に耳が行く空間になって欲しい。また音の印象だけでなく、木の質感と丸みを帯びたフォルムも、空間に包容力を加える気がします。
大塚氏:特にこのスピーカーの音は透明感があって、会話の邪魔にならないのが良いと感じています。実はこの透明感というのが、僕らが目指すコーヒーのテーマとも共通しているんです。やっぱりその方がコーヒーは飲みやすいし、音の透明感というのがその点で親和性が高くて。
例えば透明なガラスじゃないと、その奥の景色の細かい情報が見えないじゃないですか。ガラスが曇っていたりすると。スペシャルティコーヒーで一番重要なのがこの透明感なんです。いいコーヒーであればあるほどこの透明感が際立っていて。僕はこの透明感がとても重要で、普遍的なものだと思っているので、やっぱり音だってクリアな方がいいことなんだと思いますね。
小嶋氏:2人とも共通して思っているのは、美味しいコーヒーを飲んでいた時に「こんな音だったら、もっといいよね。もっと過ごしたいよね。」って、長く同じ空間にいる時に豊かな時間を過ごせると思ってもらえるにはどうしたらいいかなっていうのは、真剣に考えているのです。
1981年東京都調布市生まれ。2004年法政大学文学部哲学科を卒業。
15歳から25歳まで俳優として活動した後、珈琲豆屋で働き、スペシャルティコーヒーの魅力を知る。2011年猿田彦珈琲 恵比寿本店をオープン。14年には大手飲料メーカーの缶コーヒーを監修。現在日本国内に28店舗を展開中。
1981年東京都生まれ。2005年青山学院大学経済学部卒。
大学在学中に、デモテープがサウンドプロデューサー松浦晃久氏の元に渡り音楽の道に。いろはを教わりながら、以後CM楽曲、J-POPアレンジ、Windows 8日本版応援ソング制作など。家業の傍ら音楽制作に加え、猿田彦珈琲各店の音響機器選定なども。
「たった一杯で幸せになるコーヒー屋」をコンセプトに掲げる東京・恵比寿発のスペシャルティコーヒー専門店。自分たちの目と鼻と経験と味覚で厳選した最高品質のスペシャルティコーヒー豆は、コーヒー農園と良好な関係を築きながら直接調達(ダイレクトトレード)しています。また、焙煎から抽出まで、お客様にお届けする一杯のコーヒーのために徹底的にこだわり、真心を込めて提供します。2025年11月現在、国内に28店舗を展開中。
1979年、天才エンジニア ジャック・マユールにより設立されたフランスのオーディオブランドFocalは、20以上の特許技術と高度な加工技術を背景に、最高級の音を追求。中でもFocal Professionalは「ラウドスピーカーではなく音楽を聴こう」を哲学に、メイド・イン・フランスの精緻な設計で全帯域にわたる高精度な再生を実現。
新フラッグシップUtopia MainやST6が、スタジオサウンドの未来を切り拓きます。