2020.04.28
MI:ピアノを1本のマイク(モノ)でレコーディングされる事はあまりないのでしょうか?
葛西:そんな事はないと思います。僕自身も、たまに狙ってモノラルでレコーディングする事もありますよ。
MI:テレビやライブ映像などを見ていると、「ピアノは複数のマイクを使用するのが当たり前なのかな?」と固定概念で考えてしまっていましたが...。モノラルでも問題はないのですね。
葛西:問題があるかどうか、というよりも、まずその楽曲に「ピアノのステレオ感が必要か」を考えた結果だと思いますね。ステレオで録ったからといって、必ずしも良い音に繋がる訳でもないですからね。近年のポップスのように豪華さ、立体感が曲にとって必要ならば、2本以上のマイクを使ってステレオに仕上げる方が良いかもしれませんね。
1本のマイクで充分に良い音をレコーディングする事も可能だと思います。反対に1本だけの方が「ピアノが本来持っているダイナミクス」をより捉えられる事もあるのではないでしょうか。ジャズなどで”各演奏者の強弱”を的確に捉えたいときは、1本のマイクだけでピアノを録るのもアリだと思いますね。その場合は他の楽器も全部モノにしてしまったほうがより効果的に演奏のダイナミクスをリスナーに届けられるかもしれませんね。
MI:4本のマイク、それぞれの狙いについて教えていただけますか?便宜上、ムービーの左側から1本目としてご説明をお願いします。
葛西:1本目はビデオ中、一番左。ピアニストの頭上にセッティングしたマイクです。これはドラムの時と同様に「プレイヤーズ・ポジション」ですね。ピアニストが感じているであろうサウンドとなるべく差がないような意識でセッティングをしています。実際にピアニストの頭上から演奏を聞いてみて、ここだと思う場所を選んでいます。
2本目はピアノのハンマーの真上から、垂直にハンマーを狙ったもの。ハンマーがピアノの弦を叩くポイントを狙ったものですね。ハンマーのアタック感が得られるので、このサウンドが好きな方や、ミックス中にこういった要素が欲しい場合には有効なポジションですね。
3本目はより実践的な位置ですが、ライブなどの場合に多いセッティングかもしれませんね。この位置であれば、同時に他の楽器を鳴らす場合でも被りが少なくなります。ピアノの内部に向かって、弦と共鳴板が鳴っているポイントをオン(近め)で狙ったものになります。
4本目は3本目の延長線上というか、実践的でありながら、ピアノ全体の鳴りを捉えるためにオフ(遠め)にセッティングしたものになります。レコーディングなどの場合にはこのパターンが一番多いかもしれませんね。
”ピアニスト頭上に設置したプレイヤーズポジション”(非圧縮 96kHz wavファイル)
”ピアノのハンマーに向けて設置したもの”(非圧縮 96kHz wavファイル)
”ピアノの共鳴板にむけて近距離で設置したもの”(非圧縮 96kHz wavファイル)
”ピアノの共鳴板にむけて遠距離から全体を狙ったもの”(非圧縮 96kHz wavファイル)
MI:定番ともいえるピアノのステレオマイキングについてお伺いします。使用するマイクが1本から2本に増えることで、どのような違いが出てくるのでしょう。
葛西:ピアノは楽器の中でも特にレンジの広い楽器なので、単純にいえば低い弦から高い弦までの音域をスムーズに抑えられるという違いはあると思います。僕は普段ステレオマイキングを行う事が多いのですが、今日はグランドピアノ専用のPM40Tもあるという事だったので、SR20の方は通常のステレオマイキングではなく、XY方式でのマイキングにチャレンジしてみようかと思います。ここ(取材場所:オールアートスタジオ)のピアノは非常に美しい鳴りをしているピアノで、聞いたままを収録できるXY方式ならうまく行きそうだと思ったから、というのも理由です。
Earthworks SR20を使ったマイキングのTips:ピアノ(ステレオ)編 from Media Integration on Vimeo.
”ピアノの共鳴板にむけて XY セッティングをして全体を狙ったもの”(非圧縮 96kHz wavファイル)
”グランドピアノ専用マイクの PM40T を使用したもの”(非圧縮 96kHz wavファイル)
葛西:パンを左右に振り切るというのが必ずしも正解ではありません。広がり方が違うのはもちろんですが、大切なポイントは「ピアノの音として一番しっくりくる」場所を探す事ですね。パンを振り切ってちょっと輪郭がボヤけてしまったり、広がりすぎて存在感がなくなってしまった時には、まずパンの調整を行います。
MI:「しっくりくる」というのは、具体的にどの辺を基準にしたらいいのでしょう。
葛西:これは「エンジニアじゃないと分からない特別な事」ではないんです。客観的に聞いてみて「ピアノらしいな」と思うところまで左右のパンを調整すればいい、という事なんですね。
XYでセッティングしたSR20は、当初の印象通り「その場で聞いたままの音」がそのまま再現されるマイクだなと思いました。いつも通りに共鳴板を狙って、でもちょっとだけオフ(離し)気味にセッティングしてあります。今回レコーディングしたこのピアノ(SteinwayminiGrand)は、フルコンサートピアノとは違って低域のド派手さがあるピアノではないのですが、その印象そのものをパッケージングしようと狙ったそのままのサウンドがレコーディングできました。
ピアノは音域的にも周波数的にもレンジの広い楽器なので、そのピアノサウンドが楽曲の中でどういう位置を担うのかを考えながらマイキングします。このパターンではローエンドまでをカバーしているわけではないのですが、後で解説するもう一方のPM40Tで録った方がハイからローまでまんべんなく収録できた「豪華版」な感じのサウンドだったので、意図的に差がある場所を狙ってレコーディングしてみました。ポップスなどのアンサンブルの中に入った時にはこれくらいローが薄くてもアリかな、と思いましたね。
MI:対して、今回の企画では唯一の別マイクであるグランドピアノ専用のPM40Tはいかがでしたか?
葛西:さすがに専用マイクという事だけあって、よい印象です。ピアノの音像がしっかりしていて、上から下までバランスもいい。それに加えて設置がしやすいという点も素晴らしいと思いましたね。マイキングの話題なのにこんな事をいうのもおかしいかもしれませんが、グランドピアノに置くだけでコレが録れてしまうので、どんなシチュエーションでも「このピアノの音」が録れることがいいですね。レコーディングはもちろんですが、ライブでもとても助かるだろうなと思います。普通これだけクローズ(近く)にセッティングすると、なかなか全体像を捉えることは難しいのですが、PM40Tの場合はそういった印象を(いい意味で)裏切ってくれて、ピアノらしいサウンドを録ることができます。