ボーカルからキックドラムまで。この両極端なソースに「使える」マイクを探そうとすると、実はあまり多くないと言えるでしょう。周波数特性、耐圧、立ち上がりのスピード。多くのミュージシャンやエンジニアは、この違いを汲み取ってマイクをセレクトしています。
「バンド全ての楽器を、1種類のマイクだけでレコーディングしてみるってどうなんだろう?」
そんなスタッフの思いつきから始まったこの企画。ドラム、グランドピアノ、アコースティックギター、そしてボーカルまでを1種類のマイクだけで録ってみようというもの。エンジニアには蓮沼執太フィルのメンバーでもあり、数多くの作品に携わる葛西敏彦氏を迎え、ゲストミュージシャンには至極のアコースティックデュオ、ビューティフル・ハミングバードを迎えたこの企画。
高解像度のサウンド体験と、マイキングのTips。「SR20こそ、本当にマルチで使えるマイク」と実感頂ける連載企画をお楽しみください。
1.はじめに
2.キックドラムレコーディング
3.ドラムトップレコーディング
4.ピアノレコーディング
5.アコースティックギターレコーディング
6.ボーカルレコーディング
7.SR20だけで全てのレコーディングを実施
8.ミュージシャンから見たSR20による演奏への影響
ドラムのレコーディングには様々な手法があり、その方法は一人一人のエンジニアによって様々だ。一般的には各キットピースに個別のマイクを立てるマルチマイクが主流だが、どれくらいの距離に、どのような角度で、どの部分を狙うかによってサウンドは大きく変わる。キック、スネア、ハイハット、タム、シンバルに加え、ドラムキットの上部にトップマイク、そしてドラムキットから少し離れた場所にアンビエンスマイクを設置し、これらをミックスする。
マルチマイクは各キットピースへの音処理が個別にできる利点があるが、使用するマイクが増えるほど相互の干渉が起こり、サウンドの濁りにつながる。もちろん一級のエンジニアは、サウンドの濁りが起こらないようなテクニック、ドラムの鳴りを適切に聞き分けてマイクをセッティングするノウハウなどを持っている。それでも、どんなエンジニアでも「マルチマイク時のセッティングが一番大切」だと口を揃えていう。
ここでは、EarthworksのSR20だけを用いたレコーディング方法をご紹介する。Earthworksマイクロフォンならではの高い耐圧性、広い周波数特性を生かし、使用するマイクを最大でも3本までに制限した、濁りの少ないドラムレコーディングのTipsをご紹介しよう。
キックドラムレコーディングの Tips
キックドラムはリズムの主軸となるパーツであり、楽曲のローエンドを支える役割も果たしている。キックドラムにマイクを立てる際、マイクをキックの中に入れてしまう方法と、ある程度キックから離した場所に立てる方法があるが、キックの中に入れた場合のサウンドはどのようなサウンドで、どのような曲の場合に有効なのか。あるいは、離した場合にはサウンドがどう変化し、楽曲の支え方はどう変化するのか。
MI:キックにマイクを立てる際に、闇雲に立ててもダメなんだろうな、という程度の知識はあるのですが、かといって具体的にどうサウンドが違ってくるのかまでは理解できていません。一般に、マイクの位置の遠近でどのようにサウンドが変わってくるのでしょう?
葛西:キックドラムに近い場所にマイクをセッティングするほど、「ベチッ」というアタックにフォーカスしたサウンドになるため、ロックなどの場合には近い位置にセッティングするようにします。この場合、キックドラムの響きを録るというよりも、アタックのインパクトを抑えるといった感覚に近いかもしれませんね。他の楽器が混ざってきたときに埋もれないサウンドを得るためにも、キックの中に入れる事もあります。反対にキックの鳴りや雰囲気、空気なども一緒に収録したい時にはキックから離した位置にセッティングする事もあります。ただし、離しすぎる事で音像がボヤけてしまうので、どれくらい離したらいいかは実際に聞きながら探っていきます。ブースでヘッドフォンモニタリングをしながら数センチ単位で調整することもあります。
実際にマイクの距離を変えて行きながら、サウンドがどのように変化するか、最も離した位置から順番に4つの距離を比較してみた。
キックに使用したSR20には、同じくEarthworksのKickPad**を使用したものと、LevelPad**を使用して-15dbの減衰をかけたものの2種類を使用した。
距離が離れるほどキックドラム自体の鳴りが豊かに響き、距離が近くなるほどビーターが当たる瞬間のアタックが捉えられているのが分かる。また、各セッティング時のアタック感の違い、余韻の違いなども聞き比べてほしい。近接効果によって、距離が近くなるほど低域が豊かになる点もチェックポイント。
SR20はその小降りなサイズから、キックドラムには向かないのでは、と思われる方も多いが、非常に高い耐圧性(145db
SPL)があり、幅広い周波数特性(50Hz~20kHz)を持つため問題なく使用できる。また、指向特性が優れているため、オフセッティング時には目の前のサウンドを包み込むように。オンセッティング時には狙ったサウンドにフォーカスしたサウンドが得られる点もポイント。
KP1 - KickPad マイクレベル・キックドラム・プロセッサー
KickPadをキック用のカーディオイド・マイクとプリアンプの間に使用しますと、切れのあるキックサウンドが得られるパッドです。KickPadはヴォーカル、ベースにも使用可能で3ピンXLRを用いるマイクであれば、他社製マイクでも使用可能です。KickPadはパッシブ・デバイスのためコンデンサー・マイク、ダイナミック・マイク、どちらでもまた、ライブでもレコーディングでも使用可能です。
Earthworks SR20を使ったマイキングのTips:キック編(KickPad使用) from Media Integration on Vimeo.
キック(KickPad 使用)各距離によるサウンドの違い
1. “キック(with KickPad)キックから46cmの位置に設置したもの”(非圧縮 96kHz wavファイル)
2. “キック(with KickPad)キックから25cm位置に設置したもの”(非圧縮 96kHz wavファイル)
3. “キック(with KickPad)キックから2cmの位置に設置したもの”(非圧縮 96kHz wavファイル)
4. “キック(with KickPad)キック内に10cm入れたもの”(非圧縮 96kHz wavファイル)
LP1530 - LevelPad Switchable Mic Pad -15dB or -30dB
LP1530Level-Padは-15dBもしくは-30dB、信号を下げ、歪を防止するアッテネーターです。ドラム・マイクセットに付属されドラム、パーカッションの必要なヘッドルームを確保します。LevelPadは他社製コンデンサー・マイクにも使用可能です。
Earthworks SR20を使ったマイキングのTips:キック編(LevelPad使用) from Media Integration on Vimeo.
キック(LevelPad 使用)各距離によるサウンドの違い
5. “キック(with LevelPad)キックから46cmの位置に設置したもの”(非圧縮 96kHz wavファイル)
6. “キック(with LevelPad)キックから25cmの位置に設置したもの”(非圧縮 96kHz wavファイル)
7. “キック(with LevelPad)キックから2cmの位置に設置したもの”(非圧縮 96kHz wavファイル)
8. “キック(with LevelPad)キック内に10cm入れたもの”(非圧縮 96kHz wavファイル)
葛西:距離によって一番変化するポイントは「音像感」でしょう。後からEQやコンプを掛けるから、という前提でマイキングをするのではなく、レコーディングの段階で最終的なサウンドスケープをイメージしながら置くべきだと思います。
例えばアコースティックギターの場合、アルペジオで静かに演奏しているものならギターに耳を近づけても心地よいですが、少々荒めのストロークの場合には、ちょっと離れた位置で聞く方が心地よい音に聞こえると思います。これと同じ意識でドラムの場合もどこにマイクを置くのかを考えています。
今回のキックドラムの場合、ドラマーの藤井さんがキックそのものの「鳴り」を生かしたチューニングに仕上げてくれていたので、そこをどう生かすかがレコーディングの鍵になります。楽曲に「ベチ」っというアタックがどれくらい必要か、あるいは、どこまで鳴りを活すかをとミュージシャン相談しながら、”低音とアタックのバランスが良い場所”を探るのです。
キックから距離があるほど、キックそのものの鳴り、空気感を捉える事ができるが、他の楽器とのカブリ、アタック感などは薄れるため適宜使い分けが必要。これくらい離したセッティングでも「キックドラムの鳴り」は捉えているが、他のキットピース(スネア、ハイハット、タム、シンバル等)も被ってしまう事になる。
アタック感と鳴りを両立させたいときには、フロントヘッドに近い位置にセッティングする。葛西氏によれば、写真のようなセッティングが最もイメージしやすい「キックらしい音になる」との事。近くにセッティングするほど近接効果でローが出てくるため、ローエンドを生かした楽曲のときに参照したいセッティングだ。
キックの中にマイクを入れるときには、中途半端な位置ではなく中に入れきる。キックドラムに開けられた穴は空気の出入りが多い場所で、穴の付近にセッティングするとマイクが吹かれてしまい、マイクが適切に集音できない事があるためで、数センチ単位でその影響を回避できるポイントを探すのだという。また、角度によっても得られるサウンドが変わる。
葛西氏によれば「今回はドラマーの藤井寿光氏がキックの鳴り・響きを残したドラムチューニングをしていた事と、トップに設置したSR20が非常によいドラムキット全体を捉えてくれていたので、キックドラムに設置したマイクはアタック感を録ることに専念させた」との事。
冒頭でも書いた通り、現在ドラムレコーディングの主流はマルチマイキング方式だ。最終的なミックスの段階で使用する/しないは別として、なるべく多くのマイクで各ポイントを抑えておけば、いざ「使えないポイントにマイクを立てていた」という場合でも替えがきく事もあるかもしれない。
しかし、今回のように丁寧に耳を使いながら「よいポイント」を探す事で、たった3本のマイクでも充分にドラム全体のディティールを録音する事はできる。また、少ないマイクであるほど「濁りの少ない」ミックスも可能になる。目の前で鳴っているドラムが魅力的なサウンドを出しているのであれば、それをそのまま(何も変えずに)レコーディングする事も可能だろう。
 
 
レコーディングがうまくなる、
マイキングの Tips - まとめ