2016.10.07
スタッフHです。
約1ヶ月前。Spectrasonicsから唐突に発表された新製品、Keyscape。日本国内ではUSBドライブパッケージ版を9/21より発売開始いたしました。
かねてよりSpectrasonicsといえば、
の3製品に絞った製品展開が特徴的でした。3つの製品を、他のメーカーでは考えられないほど丁寧に「育て上げ」、最初のソフトウェア製品となったStylusがリリースされた2002年以来、Spectrasonicsの主力製品は常に「3つ」だったのです。
彼らほどのセンス、開発力があれば、もっとたくさんの製品を「小出し」にし、年に1個くらいづつリリースしていけば、もっと「稼ぎ」になりそうなものなのに、彼らは頑なにこの14年間、3つの製品にこだわり続けてきました。
Spectrasonicsの代表、エリック・パーシング(Eric Persing)さんに、3つの製品に集中する理由についてお聞きしたことがあります。エリックさんの返答は、
「1つ1つの製品に思い入れとこだわりをもって作っているからだよ。手が回らないほどたくさんの製品があると、1つ1つがおろそかになりがちだ。出来上がった製品にも定期的に無償のパッチアップデート(プリセット追加)やサウンドソースアップデート(音源追加)をしたいし、これによって使ってくれるユーザーにも満足感を感じて欲しいからさ」
一般に(いや、私の私見といった方が良いかもしれませんが)ソフトウェア製品は発売からすぐに陳腐化するものが多いように感じます。リリース時にはある程度の盛り上がりこそあれど、数ヶ月ですぐに話題にも上がることがなくなる。もしかすると今やハードでさえもそのような傾向があるのかもしれません。
答えは12年。2004年にリリースされたStylus RMXは、この記事を書く今日現在(2016年10月)もなお、私たちの取り扱い製品の中でもトップクラスの出荷数を誇る製品です。いかにSpectrasonicsが製品を大切に「育て上げ」て、買ってくださったユーザーの満足感を追求をしているか、ここにも表れているように感じます。
さて、話をもとに戻します。
そんなSpectrasonicsが「Something New!」というリークをしつつ発表したのが、「第四の製品」となるKeyscapeです。全くの新製品という意味では、実に14年ぶりの登場となりました。Keyscapeは「コレクターキーボード音源」、文字どおり世界中からコレクター級の希少な楽器を集め、制作されたものです。
このKeyscape、発表とともに世界中で爆発的な話題となりました。サウンドデモがまだ公開されていないにも関わらず、ソーシャルメディアのあちこちには「Shout Up And Take My Money!(=何も言うな!金は払う!)」とか、「聞かなくてもわかる、これは最高の製品だ!」といったコメントが目立ちました。これは、Spectrasonics 14年のソフトウェアインストゥルメンツへの歴史と信頼が言わせたコメントでしょう。
開発には10年という時間をかけた、と代表のエリック・パーシングは語っています。つまり、Spectrasonicsにとって最初のStylus、Trilogy、Atmosphereがリリースされた直後くらいから開発はスタートしたという事になります(Stylus RMXリリースは2004年)。もしかするとエリックさんの中では、4製品構想があったのかもしれませんね。
Keyscapeをインストール&起動して、グランドピアノのプリセットを1つ、Rhodesのプリセットを1つ、クラビネットのプリセットを1つを試してみたところ、明らかに従来までのソフトウェア音源とは異なる、一歩進んだ感覚を覚えました。ただ単にリアルだというだけではなく、まるで目の前に楽器があるかのような「演奏感」すら感じたのです。
私は流暢に鍵盤を弾けるわけではありませんが、それでもなぜだか、導かれるように手が鍵盤に吸い付き、次のフレーズを弾きたくなります。今まで多数の製品の誕生を目にしてきましたが、この感覚はありませんでした。
他の楽器も試してみました。クラビネットの親に当たるクラビコード、ウーリッツァーが手がけた楽器であるバタフライピアノ、冷戦時代の東ドイツ、「ダンス・バンド」のミュージシャンに好まれた低音楽器、WeltmeisterのBassetなど。いずれも実際に弾いた事はおろか、見た事もない楽器たちです(一部の楽器は、Wikipediaなどを見ても「見つけることは困難」とすら書かれています)。
しかしこれらの楽器もまた、なぜだか実際の楽器が目の前にあるような感覚を覚えてしまうのです。私が触っているのは一般的なMIDIキーボードであるにも関わらず、「その」楽器を弾いているというおかしな感覚。
この不思議な感覚はなんだろう、と考えながら、そういえばかつてSpectrasonics代表のエリック・パーシングさんが話していたあることを思い出しました。彼は2011年に米国ウェブサイトのKVRから受けたインタビューで、このように語っていました。
最近、少なくない人たちから「もう音楽を作らなくなったので、持っているソフトウェア・インストゥルメントを処分したい」という話を聞くんだ。僕にしてみれば「まって、なんだって!?もう音楽を作らないってどういうことだい?」だよ。しばらく音楽を作ってきたのに、ある時点から作らなくなる....これは、ミュージック・ソフトウェア業界全体にとって、とても危険な兆候だよ。人々は所有するインストゥルメントと、心のつながりを持てないでいる、ということだからね。
以下はそのインタビューの全編
これは、2011年のインタビューです。
私の思い過ごしかもしれませんが、Keyscapeを初めて触って音を出したときの感覚は、このエリックさんのセリフにある「心のつながり」のようなものに近いように感じました。実際に私が指を置いているものはごく一般的なMIDIキーボードであるにも関わらず、MIDIキーボードというハードウェアを通じて、入手困難な楽器が目の前にあるような感覚です。
Keyscapeに収録された楽器は、36種(1種の楽器ごとに大量のカスタムプリセットサウンドも用意されています)。また、2つの楽器を絶妙なブレンドで混ぜ合わせた「Duo」パッチも用意されています。これもまた、ただ一緒に鳴らしている、というだけでなく、2つの楽器が蠢いて混ざりあうような独特の新しい楽器を生み出しています。
Keyscapeがいかに魅力にあふれる製品であるかは、最初にアップロードされたビデオを見るだけで十分に伝わるでしょう。世界中の名だたるミュージシャンが鍵盤を押さえただけで「ワォ!」と喜び、指が止まらなくなり演奏を続けてしまう。このビデオは、そんな魅力の全てが詰まっています。かつて製品紹介のビデオで、こんなに説得力をもったものがどれだけあったでしょうか。
冒頭でも書いた通り、2004年にリリースされたグルーヴインストゥルメント、Stylus RMXは2016年の現在もなお、数多くのユーザーに愛され、多くの楽曲で使用されています。そして、今もなお私たちの取り扱い製品の中でトップセールスを誇る製品の1つです。
また、アップデートに多額のお金を求めないこともSpectrasonicsファンが多い理由の1つかもしれません。例えば2003年に初めてリリースされたTrilogyは、そののち2009年に後継となるTrilianが発売されました。このとき、Trilogyユーザーが支払ったアップグレード料金は約1万円。こちらもまた、ベース音源としては不動の地位を今なお築いていおり、13年もの間トップセールスを記録し続けています。
言い換えれば、最初の Trilogy発売から今日まで。Trilianユーザーが13年間で支払ったお金は約1万円だけ、ということになります。
これは何より「買ってくれたユーザーに感謝をこめて」というエリック・パーシングの思いから来ているものです。Keyscapeもまた、長きにわたってみなさまの相棒となってくれることを、お約束します。
というわけで、国内でも発売が開始されたばかりのKeyscape。さっそくYouTubeやニコニコ動画、SoundCloudや個人ブログにも多くのレビューやサンプルが上がっているようです。
Keyscapeには「接続する鍵盤に応じたキャリブレーション(調整)」が用意されており、世にある代表的なMIDIキーボードがプリセットとしてスタンバイされています。特にシンセサイザー鍵盤や薄型の鍵盤の場合「弱いベロシティーが適切に送信されない」ことがあり、これではKeyscapeの魅力を最大限に発揮できません。
時おり「Keyscape試してみたけど、どれも音が硬い印象」というコメントを見かけますが、多くの場合キャリブレーションをせずに、高いベロシティの部分だけが再生されている環境でのレビューもありました。
緻密にサンプリング&プログラムされたKeyscapeの全ての魅力を発揮するには、ぜひキャリブレーションを予め行ってから演奏してみてくださいね!