2015年に待望のVSTに対応したMcDSP。「スタジオ定番のプラグインを制作段階から使用できる」と喜ぶのは、プロデューサー/クリエイターの青木繁男氏。
2016.01.21
雑誌やウェブ記事などで見かける、緑色が特徴的なプラグインといえば、McDSP。古くから業務用スタジオなどでは定番であり続けるブランドであるとともに、近年は野心的な製品も数多く開発する、歴史あるプラグインデベロッパーだ。
最初期にはPro ToolsのDSPシステムのみに対応していたMcDSPプラグインだが、その後にネイティヴ環境、そしてAudio Unitに対応するなど、野心的な開発はフォーマットにも及ぶ。そして約1年前となる2015年1月、待望となるVSTに対応するV6を発表した。
ここ数年のCPUの進化で、プラグインはミックスのときの補正用という位置から、積極的に音作りに活用できるものへと状況は変わりつつある。そこで、VST対応を最も喜んでくださったプロデューサー/クリエイターの青木繁男氏にMcDSPプラグインについてのインタビューを行った。
- 青木さんがMcDSPの製品に最初に出会ったのは、いつ頃のことですか?
かれこれ10年ほど前でしょうか。とあるスタジオに行った時に見たのが最初ですね。当時からプラグインの定番といえば、WAVESとMcDSPだったなという印象があります。
FilterBank、Compressor Bank、Analog Channelはどこのスタジオでも定番チャンネルストリップでしたよね。スタジオのエンジニアさんがほぼ全チャンネルに近いくらいの勢いで使っていたことを覚えています。動作も軽快でありつつ、しっかりとした掛かり方をするプラグインだなと思いながら見ていました。
- 青木さんは当時からCubaseユーザー、一方でMcDSPのプラグインは当時まだPro Tools(TDM/RTAS)のみの対応製品でしたよね。
そうです。そういうこともあって、McDSPを使いたかったけど使えなかったのが残念でした。羨ましかったですね。その後に外のスタジオとのやりとりやアーティストさん、エンジニアさんからのセッション受け渡し用としてPro Tools一式を自宅に追加したので、今から5〜6年ほど前に初めてMcDSPのバンドルを導入しました。ずっとスタジオなどでしか見られなかったプラグインが自宅でも開けたときは嬉しかったですね。音を出して確認したときも「ああそうそう!これこれ!」と感動したことを覚えています。
- 外部のスタジオに行けば使えていたMcDSPプラグインをあえて導入したのは、理由があるのですか?
受け取ったセッションファイルにMcDSPプラグインが使われていることが多いからですね。制作者本人やエンジニアさんの意思をしっかりと復元できる環境は整えておきたいほうなんです。2000年代中盤くらいまではFilterBankとCompressorBankがあればなんとかなっていたのですが、2010年代辺りからはG-ChannelやML4000を多用するエンジニアさんが非常に増えてきましたね。何にせよ、McDSPのプラグインが使われているセッションが非常に多いなと。そういった経緯で自分でも導入をしました。
- 青木さんが感じるMcDSP製品の良さは、どの辺りにありますか?
おかしな色付けがないところですね。キャラがの強いものも嫌いではありませんが、使いどころを選びますよね?その点McDSPのEQやコンプは「何も考えずに、迷わずインサート」できる。これは大事です。そういう意味では、卓のチャンネルストリップのイメージに近いかもしれません。トラックにEQが欲しいなと思ったらまずFilterBank、コンプならCompressorBank。それくらい自分の中のデフォルトEQ、デフォルトコンプという感覚に近いですね。
- そして昨年(2015年)、青木さんにとっては待望のVSTへの対応を果たしました。
いや〜、本当に待ちに待った発表でした!AUには数年前に対応していて「じゃあVSTももうすぐかな?」と期待していたのですが、思ったよりかかりましたね。前触れなく突然の発表に驚いて、自分でもFacebookに喜びの投稿をしたのですが「いいね!」の数がハンパなかったです(笑)Cubase上でMcDSPが立ち上がった瞬間は異常にテンション上がりましたね。
- 青木さんの周囲にはネイティブ環境メインのクリエイターが数多くいらっしゃるでしょうから、そういう影響もあるのかもしれませんね。
「VST」というフィールドが非常に大きいものだなと再認識するとともに、多くの方が「スタジオじゃないと使えなかったあのMcDSPのプラグイン」を制作段階から使えるというところを喜んだのだと思います。安定度、安心度や動作の軽快さなどもVSTで全く問題なかったですね。
- 青木さんは全部入りの「Everything Pack」をお使いとのことですが、一番お気にいりのプラグインはどれですか?
やっと制作段階からMcDSPが使えるようになったので、実はまだどういう形でMcDSPプラグインを取り込んでいくかは模索中の段階ではあるのですが、FutzBoxだけはさっそく実践投入してますね。他に代えが効かないものですから。
- どういったシーンで活用されていますか?
例えばディレクターからのオーダーで「電話みたいな音質に」というリクエストが来た場合、EQで作ってしまうこともできなくはないのですが、どうしても擬似的なものというか「それっぽいもの」でしかないですよね。その点FutzBoxは「電話そのもの」になる。リアリティーとそのクオリティの高さはこれ以外で得られないな、と思います。
- 電話だけでも数十種類のタイプ、その他ラジオやビンテージトイ、各種の「ちょっと変わったIR」が揃っていますからね。
そうそう(笑)あまりに多くて悩んじゃったりしてね。あとは、Analog Channe lも好きですね。特にテープのほう(AC202)をギターやベースなどの生楽器系に多用してますね。テープシミュレーター系の製品って、いくつかの音をまとめたバスチャンネルにかけることが多かったのですが、Analog Channel AC202は動作も軽いし、テープを通したときの滑らかな質感が良かったので各チャンネルに使うことが多いですね。楽器同士のまとまりや混ざりが良くなるんです。
- FilterBankやCompressorBankなどは色付けの少なさ、それぞれEQとコンプとしての仕事をきっちり行うタイプのプラグインと評価していただきましたが、そんなMcDSPが今度はキャラクターの強いEQ・コンププラグインをリリースしました。名前も6020 Ultimate EQ、6030 Ultimate Compressorという製品です。
見た目がAPI500シリーズっぽくていいですね。すでに実際の制作でも使用しています。FilterBankには足りない「キャラクター」がある、積極的な音作りに使いたいEQ・コンプですね。僕の場合は、ミックスよりも前の「制作や音作りの時点」でプラグインを使うこともあって、そういった時にはやっぱりキャラクターのあるものがいいんですね。アウトボードも幾つか持っていますが、こうしてプラグインを使うこともあります。
- 例えばソフトウェア音源などにリアルタイムでエフェクトプラグインをかけながら打ち込みを行うということですか?
そうです。いまはもう、PCのパワーも非常に大きくなって超低レイテンシーの環境を作ることも可能になっているので、プラグインで「補正」というよりは、もはや「音作り」の一部ですよね。
- 実際にUltimateシリーズを使ってみて、どのような印象を持ちましたか?
まず「緑色(緑はMcDSPのコーポレートカラー)じゃない!」という所に驚いて「これは、これまでの製品とは少し違うぞ」というMcDSPの意気込みみたいなものを感じました。ハードウェアのEQ・コンプと似たようなパラメーターのシンプルさも印象がよくて、使いやすいですよね。実際のAPIモジュールを使っているような気分になります。
- 音作りの段階からプラグインを使っている青木さんにとって、Ultimateシリーズのように1個のプラグインの中でサクサクとキャラクターが変わるというのは助けになるのではないですか?マシンパワーこそ強力になりましたが、とはいえプラグインそのものを変更しようとするのは、多少の手間と面倒が伴うのではないかと思います。
まさに、そうですね。Ultimate(EQ、コンプ)には10個の異なるキャラが詰め込まれていて、クリック1つで変更することができます。同じ設定でもモジュールそのものが変わると、サウンドの印象もかなり変わるんですね。積極的に音作りに使いたくなるカラーがいっぱいあります。それから...
- それから?
一番面白いなぁと思ったのが、この10種類の切り替えを行ったときに「カラーは変わるけど、パラメーターは保持されたまま」というところですね。これは本当に助かるし、便利です。例えば3kHzを+2dbした設定でも、EQモジュールによって音色は様々違うんですね。そのカラーの違いまでを含めて楽しめるというか、だからもう音作りの一環ですよね。
- コンプなども同様にスレッショルド、レシオなどを決めたら、あとはモジュール切り替えでカラーの違いを比べることができます。
すごく、よく考えられていると思います。プラグインならではの特徴を生かした、新しい考え方ですね。きっとMcDSPの開発スタッフの方々は、いろいろな現場に行き、クリエイターやエンジニアが実際プラグインをどのように使うのかというところまでもきっちり見ているのだろうなと思います。そうでないと、こんないいプラグインは作れないですよ。音の良さだけじゃなく、使い勝手まで計算されていると感じますね。
- 実際に数々の現場でお仕事をされている青木さんにそう言っていただけると、メーカーも製品も喜ぶと思います。
McDSPに関しては、VST3に「本当の意味で」対応しているところも、Cubase/Nuendoユーザーとしては評価が高いポイントですね。
- 本当の意味で、と言いますと?
McDSPはミュージック・プロダクション(音楽制作)だけでなく、映像作品やサラウンドにも力を入れている会社ですか?
- そうですね。古くからサラウンド用のチャンネルストリップであるChannel G Sorroundを作っていたり、最新プラグインのSA-2はダイアログに特化した製品であったりと、音楽はもちろん映画館で再生されるようなものまで幅広くカバーできる製品が揃っています。
実はVST3規格のすごいところって、インサートされたチャンネルの設定に応じて、モノからマルチチャンネルサラウンドまで1個のプラグインまで自由に可変できるというところにあり、これを「マルチダイナミック I/O」と呼んでいるのですが、これに正しく対応したサードパーティーのプラグインって、実はまだまだないんですね。
でもMcDSPはこれにきっちり対応しています。この画面のように、5.1chトラックにインサートしたFilterBankは、 たった1個のプラグインで6ch全てをカバーしているのがわかりますよね?
見かけだけのVST3対応じゃなく、中身もしっかり対応してくれたところが嬉しいですね。これを発見したときは、たしかにここまで待った甲斐はあったな!と思えたほどです(笑)ポスプロさんやMAスタジオさんなどでNuendoを導入されているところには、絶対にMcDSPを入れて欲しいですね。
もちろんミュージックプロダクションにも最高のプラグインです。プラグインはかなりの数を持っているほうだと思いますが、そんな中でもMcDSPだから得られる安心感のあるサウンド、高い安定性は他にないですね。
念願のVST対応を果たし、ますますMcDSPを使った制作が増えていくと思います。
ソナーポケット、寺島拓篤、佐藤聡美を始めとするアーティストの楽曲制作、イベントや番組のテーマソング制作、プロデューサーとして活動。
最先端のDAWシステムとアナログアウトボードを駆使したサウンドは楽曲制作だけに止まらず、ミックスダウン、マスタリングにも新しいアイディアが盛り込まれ、現在リリースされている音源の半数を自身でミックスまで手がける。
またマニピュレーターとして数多くのアーティストを担当。最先端のサウンドはライブステージにも活かされている。新しいアイディアから生まれるそのステージサウンドは今までで困難だったシーケンスも実現させる。楽曲制作からステージに至るまで新しいアイディアが詰め込まれたサウンドから目が離せない。