2019.04.27
モンスターやロボットの声に加工するDehumaniser、リアルタイムに入力音を解析して任意の効果音に変身させるReformer Proといった、効果音をシンセサイズするという新しい概念の製品をリリースし続けるKrotosから、今回、エンジン音をシンセサイズするソフトウェア Igniter がリリースされました。これまでできなかったエンジン音を映像にあわせて回転数や移動感をMAすることが可能となり、ポストプロダクションにおいて大きな恩恵をもたらす可能性を秘めた、このIgniterの実態を深堀りしていきたいと思います。
Igniterはグラニュラーシンセサイザーと呼ばれるシンセに分類されます。オシレーターから電子音を発生するシンセサイザーとは違い、グラニュラーシンセシスとは、元の波形を細かく分解し、一定のプロセスやアルゴリズムを経て再合成し、新しい波形を作り出す技術です。こういった技術的背景から、周期的な繰り返しで音が鳴るエンジン音はグラニュラーシンセと相性が良いのです。
グラニュラータイプのシンセサイザーを使用された方は、とっつきにくそうだなー、と警戒されるかもしれません。しかしIgniterはあらかじめ、Aston Martin, Audi, Ferrariといった20種類以上のモデル、200以上のプリセットが付属します。そして車のエンジン音だけでなく、ヘリコプター、ジェット、実在しないSciFiで未来的な車の音もプリセットに多く用意されています。まずは幾つかプリセットを選んで再生したサンプルを聞いてみましょう。後述するAUTOのスライダーを動かしただけですが、ギアチェンジの雰囲気も再現されています。
Sample 1 : Igniter Sample Audi R8
Sample 2 : Igniter Sample Ferrari 348
IgniterはVST/AAXインストゥルメントとして動作しますので、DAWからインストゥルメント/MIDIトラックを追加して使用します。プリセットを読み込んでまず初めにすることは、実車同様のENGINE START/STOPボタンがあるので、エンジンを始動させる事からはじめます。その横にREVSというコントロールがあります。一つのツマミで各種モジュレーションを一度に操作できるようになっています。プリセットではあらかじめ最適なモジュレーション設定が行われています。REVSコントロールは、上段のModセクションと連動しています。Modセクションではあらゆるパラメーターをアサインでき、可変幅とエンベロープを調整が可能です。
*最大8つのModセクション。パラメーターアサイン方法も空いてるスペースにドラッグアンドドロップで追加できるので直観的。
ここで注意点は、このREVSのツマミは画面中央の再生方法がManualの時に動作します。Autoを選択すると下段のPOWERというスライダーが有効になります。減速/加速のシンプルなスライダーで、回転数の加速/減速の力加減をコントロールできます。Manualの場合、マウスもしくはオートメーションを書いて回転数をコントロールできる反面、現実には起こりえない回転数の変化をさせてしまいがちになります。その場合、AUTOのスライダーの場合、アクセルの踏み込み具合を操作する感覚にちかい回転数の変化が生まれ、細かいマウス操作を必要とせずに自然な回転数の変化を生み出せます。シンプルに使う場合はAUTO、細かい変化をつけたい場合はManual、というように使い分けるほうが良いと思います。
*MANUAL/AUTO切替。MANUALの場合REVSコントロール、AUTOの場合は下段のPOWERスライダーでアクセル/ブレーキをシミュレート再生。
Igniteは、これまで見てきたメイン画面”GRANULAR”を含む、”SYNTH”, “ONE SHOT”, “LOOP”の4つのタブで構成されています。SYNTHタブでは最大5つのオシレーターをレイヤーすることができ、近未来的な乗物のエンジン音をシンセサイズすることができます。Sine, Saw, Squareとオシレーター自体はシンプルですが、2つのオシレーターをブレンドすることもできますし、FM/AM変調、LFOに加え、IgniterはマスターセクションにEQ, Cop, Flangerなどのエフェクターもありますので、REVSコントローラーのModにアサインすると、カッコいいエンジン音をつくれるかもしれません!?
*シンプルなオシレーター。最大5つ使えるので、低回転用、高回転用と帯域で違うオシレーターをレイヤーさせると近未来的な乗物になるかも!?
ONE SHOTタブでは、エンジンスタート音、スキール音、ギアボックス音などのワンショット音をREVSコントロールの上昇中/下降中に合わせて再生させることができます。ドア開閉音、ウィンカー音など色々な波形が用意されていますが、IgniterのONE SHOTタブ内で使いこなすのはちょっと難しいですね。Igniterとは別オーディオトラックでワンショット素材を張っていく方が、エンジン音の調整と区別できて、実業務のMA作業を想定すると効率いいかと感じましたが、上手くONE SHOTを組めるとプリセット化できるのでそれもメリットかと。因みに、Igniterはパラ出力が可能です。個別にDAWに出力してEQやリバーブなどをレイヤー別に処理することが可能です。
*タイムラインはREVSコントロールと連動。4ラインが上から順に→が上昇中に再生、←が下降中に再生、◇上昇下降両方で再生、□が停止。
*Nuendoの場合、VSTiラックから”出力を有効”でパラ出力が可能。
LOOPタブは読んで字のごとく、LOOP素材をレイヤー、クロスフェードさせることができます。エンジンアイドル素材や車内のアンビエント素材も含まれている為、例えば回転数がアップしてきると風切り音が強くなる、というようなコントロールも可能です。
*音量のクロスフェードだけでなく、PITCHのクロスフェード調整(紫ライン)も可能。回転数が違うループ素材のつながりをスムーズにすることができる。
最後にプリセットFerrari_348を元に、SYNTH,ONE SHOT,LOOPを使ってエンジン始動音、電気モーター風の回転音、高回転時のノイズループ、回転数減少時にパワーシャットダウン音を足してカスタマイズしてみました。
音階を奏でるシンセサイザーと異なり、効果音を生み出すグラニュラーシンセサイザーIgniterは、エンジン音を細かく調整できる作りなので、慣れるのに時間が掛かるかもしれません。しかし得られる自由度は非常に高く、これまでエンジン音素材を無理やりピッチ上げ下げして調整して満足が得られないMAをされてきた方は、是非試してみる価値はあると思います。