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Focusrite導入事例:株式会社CBCテレビ

2022.04.06

~革新が、従来の文化、ワークフロー、使い勝手と共存する~

Text by 前田洋介 (ROCK ON PRO)

日本初の民間放送局として長い歴史を持つ株式会社CBCテレビ。1951年にわが国初の民間放送としてラジオ放送を開始し、1956 年からはテレビ放送をスタートさせている。そのテレビ放送スタートとともに竣工し、幾多に渡る歴史の息吹を現代につなげているCBC会館(通称 : 本館) のリニューアルに伴い、館内にあるMAスタジオ改装工事のお手伝いをさせていただいた。


完全ファイルベース+イマーシブ対応

数多くの独自番組制作、全国ネット番組を抱えフル稼働を続けるCBC の制作セクション。3 年前には新館に第3MA室を開設、同時に仕込み作業用のオープンMAを8 ブース、さらにファイルベースワークフローを見越した共有サーバーの導入と、制作環境において大きな変革を行った。その当時は、本館を建て替えるのか? リニューアルするのか?という議論の決着がついていない時期であり、本館にある第1MA、第2MA に関しては最低限の更新にとどめていた。今回は、リニューアルの決まった本館で、将来に渡り第1MA、第2MAを活用すべく大規模なシステムの入れ替えが実施された。

まずは、非常に大きな更新内容となった第1MA を見ていきたい。もともと、このスタジオにあったメインコンソールはSTUDER VISTA 7であったが、今回の更新ではミキサーをなくし、完全なファイルベースのシステムアップとするとともに、将来を見越したイマーシブ・オーディオの制作環境を導入した。基本のシステムは、前回の第3MA開設時と同等のシステムとし、実作業を行うスタッフの習熟への負荷を最低限としている。そこに、イマーシブ制作のためのシステムを加えていく、というのが基本路線である。

第3MAでの基本システムは、Avid Pro Tools HDX システムとAvid MTRX の組み合わせ。すでに業界標準といっても良いこれらの製品にコントローラーとしてAvid S3 を組み合わせている。モニターコントローラーとしてはTAC system VMC-102 が採用されているが、スタンドアローンでのシステム運用を考えた際には、やはりこのVMC-102は外せない。Avid MTRX も、多機能なモニターコントロールを実現しているが、PC 上でDADman アプリケーションが起動していないと動作をしないという制約がある。この制約のために、他の事例ではDADmanを起動するためだけに電源を落とさずに運用するPCを1台加えたりといった工夫を行っているのが現状だ。VMC-102の場合、これが起動さえしていればモニターセクションは生きる。これはPC レスでのモニターコントロールができるという価値ある違いにつながっている。

第1MAも、システムの根幹となるこのAvid Pro Tools HDX、Avid MTRX、TAC system VMC-102という構成は同様だ。違いとしては、多チャンネルに対応したAD/DA としてDirectOut Technologies PRODIGY.MC の採用、そして、イマーシブ・サウンド作りの心臓部としてDolby RMUが加わったということだ。モニターセクションのVMC-102 は、Dolby Atmosのモニターコントロールも問題なくこなすことができる製品である。実際にシステムを組もうとすると直面する多チャンネルスピーカーの一括制御。これに対応できる数少ない製品の一つでもある。

しっかりとしたイマーシブ・サウンドを制作するためにスピーカーはPSIで統一。サウンドキャラクターのばらつきを最小限に、繋がりの良いサウンドを実現している。CBCでは以前よりPSIのスピーカーを使用しており、他のスタジオとのサウンドキャラクターの統一を図ったという側面もある。作業が一番多いステレオ作業のためのL,Rch にはPSI A25-Mを導入し3-Wayの充実したサウンドでの作業を実現。サラウンドにはA17-MとA14-Mを採用している。改装での天井スピーカー設置となったためにここだけはひとサイズ小さなモデルとなるが、できる限りサイズのあるスピーカーを導入したということになる。

サウンドキャラクターに大きく影響するAD/DA コンバーター部分は、前述もしたDirectOut Technologies PRODIGY.MCを導入している。安定した評価を得ていた同社ANDIAMOの後継となるモジュール式の多機能なコンバーター。モジュール式で将来の拡張性も担保されたこのシステムは、今後の様々な展望を検討されているCBCにとってベストなチョイスとなるのではないかと感じている。IP ベースでの空間回線がすぐそこまで来ている今だからこそ、どのような企画にも柔軟に対応できる製品を選択することは、導入検討におけるポイントとなるのではないだろうか。

第1MA のデスク上はシンプルに纏められている。センターにAvid S3、PC Display の裏にはVU 計がある。右手側にはVMC-102 があり、その奥には収録時のフェーダーとしても活用されるSSL SiX がある。SiX の1-2ch にMic Pre が接続され、Insert にTUBE-TECH LCA2B がスタンバイ。ステレオフェーダーにはCDとMacPro のLine Out が接続されている。(右下)マシンルームのラックには、上からDirectOut Prodigy、Dolby RMU、Avid Sync HD、Avid MTRX が収められている。コンパクトながら十分なチャンネル数をハンドリングすることができるシステムである。


イマーシブ対応のセットアップ

イマーシブ・サウンドに してのシステムアップは、Avid MTRXとMADI で接続されるDolby RMUという構成。MADI での接続のメリットは、Dolby Atmos の最大チャンネル数である128ch をフルに使い切ることができるという点。Dante 接続の構成も作ることはできるがDanteの場合には128ch目にLTCを流す関係から127chまでのチャンネル数となってしまう。フルスペックを求めるのであればMADI となるということだ。

Windowsで構築されたDolby RMUの出力はVMC-102を通してスピーカーへと接続される。各スピーカーのレベル、ディレイ、EQの補正はAvid MTRX のSPQ module で行っている。すでにこれまでの事例紹介でも登場しているこのAvid MTRX SPQ moduleは、非常にパワフルな補正エンジンである。各チャンネルへのレベル、ディレイはもちろん、最大16band-EQ も使えるプロセッサーモジュールである。また、Dolby RMUのバイノーラルアウトは、SSL SiXのEXT IN へ接続されており、常にヘッドフォンアウトからバイノーラル出力を聴くことができるようになっている。SSL SiXへのセンドは、常はPro Tools のステレオアウトが接続されているが、VMC-102 の制御によりRMUのバイノーラル出力とボタンひとつで切り替えられるようにしている。バイノーラルで視聴されることが多いと予想されるDolby Atmos。このようにすぐにバイノーラルアウトの確認をできるようにしておくことは効率的で重要なポイントだ。

(上)TV の足元には、超短焦点プロジェクターが用意され、スクリーン投影もできるようになっている。この距離から100 インチスクリーンへの投影が可能だ。(左下)特注のスピーカースタンドでサラウンドバックのスピーカーは設置される。ステレオ作業時には移動できる仕様。(中下)サラウンドサイドのスピーカーは壁面へ特注の金具で取り付けられている。壁面を少しくぼませることでスピーカーの飛び出しを抑える工夫が見て取れる。(右下)天井のスピーカーも特注の金具により取り付けられている。角度の調整などAtmos 環境に合わせた設置が可能となっている。


放送局が蓄積したリソースをイマーシブへ

そもそも放送局にイマーシブ、Dolby Atmos は必要なのか? という問いかけもあるかもしれないが、すでに放送局ではネット配信など多角的なコンテンツの放出を始めている。YouTubeなど、ネット上の動画コンテンツは増え続け、Netflix、Huluなどのオンデマンドサービスが一般化してきているいま、放送局として電波という従来のメディアだけに固執するのではなく、新しい取り組みにチャレンジを始めるというのは自然な流れと感じる。もともと、放送局にはこれまでに積み重ねてきた多くのコンテンツ制作のノウハウ、人材、機材がすべて揃っている。数万再生でもてはやされるユーチューバーと違い、毎日数千万人のリアルタイム同時視聴者を抱えたメディアで戦ってきた実績がある。このノウハウを活かし、これからのコンテンツ制作のために様々な取り組みを行う必要がある。ネットならではの  技術としてのイマーシブ。特に昨今大きな注目を集めているバイノーラル技術は、いち早く取り組む必要があるという考えだ。バイノーラルであれば電波にも乗せることができる。そして、ネットでの動画視聴者の多くがヘッドフォンや、イヤフォンで視聴をしていることを考えると、そのままの環境で楽しむことができる新しい技術ということ言える。

コンテンツ制作のノウハウ、技術。これまでに積み上げてきたものを発揮すれば内容的には間違いのないものが作れる。そこへ更なる魅力を与えるためにイマーシブ、バイノーラルといった最新の楽しみを加える。これがすぐにできるのは放送局が持ち得たパワーならではのことではないだろうか。技術、テクノロジーだけではなく、コンテンツの中身も伴ってはじめて魅力的なものになるということに異論はないはずだ。スポーツ中継における会場のサウンドのほか、音楽番組など様々なところでの活用が期待される。さらに言えば、その後の番組販売などの にも付加価値が高まったコンテンツとして扱われることになるだろう。日々の業務に忙殺される中でも、このように新しいことへ目を向ける視野の余裕。それこそが次の時代につながるのではないかと、色々とお話を伺う中で強く感じた。

第2MA のデスクは今回の更新に合わせて特注された。足元左右にラックが設けられ、左側はファンノイズが考えられる製品が納められ、蓋ができるように対策がなされている。デスク上にはAvidS1、SPL MTC、Umbrella Company Fader Control がCD の収録用に用意されている。


各スタジオ間にはIP伝送網が整備

他のMA室のシステムもご紹介したい。第2MAは、非常にシンプルなシステムアップだ。Avid Pro Tools HDX のシステムにAvid MTRX をI/O とし、コントローラーにAvid S1、モニターコントローラーにはSPL MTC が採用されている。スピーカーはサウンドキャラクターを統一するためにPSI A17-M が選ばれた。なお、第1MAの設備からはなくなっているものがある。VTRデッキを廃止し、完全なファイルベースのワークフローへと変貌を遂げている第1MA、VTRがないためにシステム自体もシンプルとなり、これまで設置されていたDigital Consol YAMAHA DM1000などがなくなり、機器類を収めていたラックも廃止されスッキリとしたレイアウトとなった。これは音響面、作業環境としても有利なことは言うまでもないだろう。

3 年前に新設された第3MAがこちら。デスク上には、Avid S3、Avid Dock、VMC-102 が並んでおり、第1MA との共通部分を感じさせるセットアップとなっている。デスクは第2MA と同様に足元にラックスペースが設けられ、左側は蓋付きと同様の仕様になっている。また、I/O としてAvid MTRX が導入されている。

3 年前に更新された第3MA は、新館に新設の部屋として防音室工事からのシステム導入を行った。システムとしてはAvid Pro Tools HDX、Avid MTRX Avid S3、TAC system VMC-102 というコア・コンポーネントを用い、スピーカーにはNES が導入された。この際にポイントとなったのは、同時にシステムアップされたオープンMAと呼ばれる作業スペース。オープンMA は第3MAのすぐそばの隣り合うスペースに設置されている。高いパーテションで区切られた8 つのブースにApple iMacでシステムアップが行われた。このオープンMAの2 区画は、第3MAのブースを共有し、ナレーション収録ができるようにシステムが組まれ、STUDER MICRO がリモートマイクプリとして導入されている。本来は、ラジオオンエア用のコンソールであるこの製品をリモートマイクプリ兼、シグナルルーターとして使っているわけだ。なお、デジタル・コンソールとなるためシグナルルーティングは自由自在である。

また、オープンMA にはAudio Interface としてFocusrite RED 4 PRE が導入された。これは将来のDante 導入を見越した先行導入という側面もある。Native 環境でもHD 環境でも同一のInterfaceを使えるというのもこの製品が採用された理由の一つ。不具合時の入れ替えなどを考えると、同一機種で揃えることのメリットが大きいのは言うまでもないだろう。作業データはGBlabs FastNASで共有され、席を変わってもすぐに作業の続きが行える環境となっている。FastNASの音声データのネットワークは各サブへも接続され、音効席のPC へと接続されている。生放送枠の多いCBC、これらのシステムはフルに活用されているということだ。

第3MA のブースがこちら。デスクの右にSTUDER Micro が見える。これがリモートマイクプリ兼シグナルルーターとして活躍している。これにより、Open MA1,2 からもこのブースを共有することができるようにセットアップされている。ブース内にも小型のラックがあり、そこにSTUDER Micro の本体が収められている。

そして、前回の更新時に導入されたGBlabs FastNAS への接続はもちろん、本館のリニューアルに伴い各スタジオ間にはIP伝送網が整備された。このネットワークには、Danteが流れる予定である。取材時には事前工事までではあったが、各スタジオにはDanteの機器が導入され始めているとのこと。本館内の第7 スタジオは今回のリニューアルでDanteをバックボーンとするSSL System-Tが導入されたということだ。そのままでも運用は可能だが、各スタジオにDante 機器が多数導入され始めると回線の切り替えなどが煩雑になってしまう。それを回避するためにDante Domein Manager - DDM によるセットアップが行われるわけだが、このDDM は各スタジオをドメイン分けして個別に管理し、相互に接続を可能とする回線を絞ることができる。これは室間の回線を設定しておくことにより運用を行いやすくすることにつながっている。

背の高いパーテションで区切られたこのスペースが、Open MA である。8 席が準備され1,2 は第3MA のブースを共有しナレーション収録に対応、ブースの様子は小型のLED で見えるようになっている。それ以外の3~8も基本的なシステムは同等。すべてのブース共通でiMac にセカンドディスプレイが接続され、Audio I/O としてFocusrite Red 4 Pre が採用されている。この機種はDante での各所の接続を見越してのものである。

もちろん、他の部屋のパッチを他所から設定変更してしまうといった事故防止にもなる。データの共有だけではなく、回線もIPで共有することによる運用の柔軟性が考えられているということになる。生放送を行っているスタジオの回線を他のスタジオで受け取ることもできるため、実際のオンエアの音声を他のスタジオで受けて、トレーニングのためのミックスを行うなど、これまでではなかなかできなかった運用が実際にテストケースも兼ねて行われているということだ。今後は、中継の受けやスタジオをまたいでのオンエアなど、様々な活用が期待されるシステムアップとなっている。これはサブだけではなくMA室も加わっているために、運用の柔軟性はかなり高いものとなる。

まとめ

伝統ある放送局の文化にこれから先の放送局のあり方を重ね合わせた、これが現実のものとなっているのが今回のケースではないだろうか。バイノーラルを使ったコンテンツの新しい楽しみ方の提供。ファイルベースだけではなく、法則曲の強みでもあるリアルタイムでの制作環境の強化、柔軟性の獲得。さまざまな新しい取り組みが従来のワークフロー、使い勝手と共存している。今後の放送局のシステムのあり方の一つの形がここに完成したのではないだろうか。

本更新のご担当、株式会社CBCテレビ 技術局 放送技術部  名畑輝彦氏。MA だけではなくサブなどの更新にも関わる音声設備のキーパーソンである。

Media Integration 発行:Proceed Magazine 2021-2022 より転載

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