2025.07.08
Cleamountain’s 8068は ボブ・クリアマウンテンがかつてニューヨークのPower Stationで使用し、保管されていたというNeve 8068コンソールのサウンドを丁寧にモデリングしています。
EQは言わずもがなミックスには不可欠。その中で本プラグインは実にシンプルなインターフェースゆえ、その可能性は実に無限大です。そして数々のEQポイントは音楽的で、どこを触っても元からそうであったかのような自然さをもっています。またMICインプットとLINEインプットそれぞれの異なるプリアンプによって特徴的な倍音を付加することもできます。 ゆえに単なるEQではなく「質感」を感じることができるのが魅力です。
音作りに集中できる、“迷わない”EQ設計
このコンソールに限らずNeve関連のEQで特徴的なのは、Low / Mid / High の各セクションにおいてEQポイントがスイッチ式であること。スウィープして特定の周波数をカット/ブーストできない一方で、各ポイントに必要な要素が備わっており判断に迷いが生じにくいというメリットがあります。ゆえに、素材において何か問題を解決したりといったサージカルな用途よりも、より「音作り」という面にフォーカスしてEQ処理を行うことができます。
個人的にはカットよりもブーストに対して本領を発揮すると感じており、楽曲の中で必要な個性を与え、トラックそれぞれに意図を加えるということに適したEQであると言えると思います。長らくボーカルなどのかけ録りEQに1073などが愛用されている理由もおそらくそうで、素材のキャラクターを録音の際に明確にできるということも大きなポイントなのでしょう
実際に短めのトラックを作り、その中で各楽器にEQ処理を施してみました。
ドラムバスとベースDI
ドラムバス
まずはドラムバスに使用し、主にスネアの中域が抜けすぎていると感じていたところにほんの少しだけカットをかけてみます。これはドラムバス全体のトーンシェイピングというよりは微調整の範囲です。
素材的にはノーEQの時点ですでにかなりバランスの取れた音だったので、大きく音作りの意図でブーストやカットの必要はないと感じましたが、この部分の調整をしたことで多少ドラム全体が奥に行ってくれるような感覚があり、その他の楽器のためのスペースを確保することができました。とにかく効きが良いEQなので、少しのツマミの変化でかなり音の距離感が変化してくれます。
ベースDI
続いてはベースのDIに使用しました。未処理の状態ではやや線が細く、どうしてもベースアンプで収録した時のような重みのある低音が得られないことも多いのですが、サビの部分にあたる35Hz付近を大胆にブーストしてみました。アンサンブル全体を支えるような部分にベースを配置することができ、また同じEQを使用している一体感により、ドラムとベースのコンビネーションにまとまりを得ることができました。
8068 Before & After
EQというのは単に周波数帯域の調整という風に捉えてしまいがちですが、大きい目線で処理することで、距離感やまとまりを調整することにも大きく役立ちます。逆に分離させていくことも可能で、このプラグインではその判断が実にスムーズにできると感じました。
コンガ
パーカッショントラックの処理に移ります。コンガの音量をそのまま上げるとアンサンブルの中で浮いてきてしまうので、皮を叩いている感覚や中域のピークが特徴になるようにブーストしてみます。これにより音量バランスを上げることなく、コンガの音がしっかり聴こえてくる位置に配置できました。
タンバリン
タンバリンのトラックは、出すぎた高域を少しカット。音のキャラクターを保ったまま角が取れていくような感覚なので、一番上のシャリっとした部分はちゃんと残ってくれて、耳に痛い帯域だけが自然に丸まってくれるような感覚です。
ピアノ
次にピアノトラックです。多くのピアノ音源はピアノそのものの響きを伝えるために低音もリッチに録られていたり、繊細さを売りにするものも多いので、例えばポップスのアンサンブルの中だとやや重厚すぎてしまうことも多いです。
ここでは低音部分の「ジリジリ感」やコードのアタック感を強調。きらびやかさを加えるために低音をややカットして、高音域を派手にブーストしました。少し曇っていたピアノトラックには存在感が加わり、ミックスの中であまり大きい音量を出さなくてもしっかりと聴こえる音質に変化します。
クラヴィネット
クラヴィネットはMICプリアンプを選択し、やや歪みを付加してバイト感を増すような処理をしました。ここでも中域に特色を与えるようなブーストを施しています。歪みが加わることによって変に抜けすぎることがなく、存在感と耳馴染みの良さが両立しました。
エレクトリックピアノ
エレクトリックピアノのトラックでは、飽和しがちな中低域をカットすることで全体がこもってしまうのを防ぎました。結構はっきりとカット処理を施しましたが、一方で中域より上の存在感がきっちりと残っています。
ギター
ギタートラックはアンプの特性上、少し出すぎてしまった中域をカットして、弦が響いてくる帯域がしっかりと見えるようにしました。モコモコとした余分な存在感が取れて、しっかりと定位感も感じられるようになったと思います。
ホーン
ホーンのトラックでは再びMICプリアンプを選択。わずかな歪みで生々しさを足しつつ、少し線が細く感じていた中低域をブーストして太さを加えました。
ボーカル
ボーカルトラックはやや耳につく帯域であった中高域を抑えつつ、ミックスの中で最も抜けてくるように高域をブースト。この高域の処理で前後感がわかりやすく変わってくれるのも本当に面白いポイントです。
それでは各パートに施した処理を踏まえて、ノーEQの状態(Dry)とEQ処理をした状態(Processed)を聴き比べてみてください。
各楽器の音量バランスは変えていません。ですが、バラバラに点で鳴っているように感じた元の素材に比べて、各楽器が居場所を見つけてそれぞれ存在感を持って聴こえるようになったのではないでしょうか。
このプラグインの素晴らしいところは本当に挙動がスムースなところ。大胆にかけても破綻することなくしっかりかかってくれる一方で、ほんのわずかな微調整程度でも存在感を感じることができます。あと少しというかゆいところに手が届くのが、本当によくできていると思います。
細かいことを考えずとも、全体をプレイバックしながらミックスの中で適したポジションを見つけるまで、感覚的に各ツマミを触っていくだけでも良いと思います。筆者自身はわりと普段はアナライザーなどが付属した便利なパラメトリックEQなどを使用することも多いのですが、こういったアナログ機材のシミュレートではある意味迷いがなくなることで、スピーディーに判断がしていけるという精神的なメリットもあるように感じました。
今回はプリセットには触れてきませんでしたが、本プラグインもベース、ギター、ドラム、ボーカルなどそれぞれのプリセットが備えられています。どのように作用するかは素材次第となるので、そのまま適用するということは少ないかもしれません。しかし、ボブ・クリアマウンテン自身がそれぞれの楽器をどのように捉え、どのポイントを重視しているのか?と考えるのも制作においては大きなヒントになるのではないのでしょうか。もちろん、プリセットをもとに素材に合うように微調整していく、という使い方もできるかと思います。
宮野弦士
作編曲家/サウンドプロデューサー
強固なグルーヴ感と緻密なハーモニー構成のアレンジを得意とし、フィロソフィーのダンス、MORISAKI WIN、鞘師里保、FRUITS ZIPPERほか多数のアーティストへの楽曲提供、編曲を担当。ベース、ギター、キーボード全般を演奏するマルチプレイヤーでもあり、自身のバンド『7セグメント』では、ギター/キーボードを担当している。