2025.06.24
このプラグインはボブ・クリアマウンテンの多彩な空間系のアイディアが詰まった”Clearmountain’s Domain”のリバーブ部分がフィーチャーされたプラグインとなっています。
複合的で様々なアイディアを形にする用途のDomainとは違い、こちらはもう少しカジュアルな発想で使っていけるプラグインでしょう。彼が頭角を現した1980年代という時代の音楽の空間デザインはそれ以前、そして以後とは大きく分断されているように思います。音楽はより大きなスケールで奏でられるようになり、リバーブは響きを付加するものから「音色」そして楽器そのもののアイデンティティへと変化したのです。
まずプラグインを立ち上げてみるとその濃密さに驚きます。本プラグインでは異なる3種類のリバーブをミックスできるようになっていますが、デフォルトでは「ROSCOE」だけがオンになっている状態です。
このプラグインの潔いと思うところは、細かいディケイタイムなどの設定項目がないこと。これもおそらく彼の設計思想が表れているのではないかと思います。現代ではもはや当たり前になっているリバーブのレイヤーですが、バランスをとることに焦点を置いて音像をまさしくデザインしていくという考え方が、このプラグインを活用する大きなポイントになると思います。
数あるリバーブプラグインの中には、たくさんの空間データがキャプチャーされたもの、多数の設定項目で心ゆくまで細部を突き詰められるものもたくさんあるのですが、逆に言うと選択肢が多すぎることによって迷いが生じたり、設定が煩雑になってしまったりといったデメリットもあります。そういう意味ではこのプラグインはそこを最低限の項目に絞りつつ、ボブが培ったノウハウにすぐアクセスすることができるということが最大の魅力なのではないでしょうか。
空間ごとのキャラクターとコントロール
それぞれの空間について見てみましょう。APOGEE STUDIOは短く非常にナチュラルな響きを持っています。リバーブというよりもアンビエンスとして活用するのを想定されているのかなと思います。単にこれだけでもとても上品、高品質に感じます。
次に MIX THIS! これは彼のスタジオのチェンバーをキャプチャーしたものですが、非常にクリアで、深くかけても破綻しないキャラクターを持っています。異なるINPUTの設定項目がついており、ステレオの音像をモノラルにしてから送る、左右を反転させて送るといったことができるようになっています。
そして先ほど紹介したROSCOEのチェンバーです。非常に長いディケイタイムを持っていますが、それによって音が遠くに行ったり濁ってしまうことがありません。非常に音楽的で、かけていて気持ちの良いサウンドです。
プリセットを見ていくと、入力部のEQセクションがかなり積極的に操作されているのが確認できます。その音の中でどこに響きをフォーカスさせたいか、というのがかなり重要なのだと感じさせられます。
サックス
例えばサックスのプリセットを見てみますと非常に素晴らしい躍動感あるサウンドになりました。このプリセットはMIX THIS!のチャンバーだけが使われていますが、ちょうどサックスの抜けにあたる部分がEQで強調されています。それによって、ブライトな響きがフレーズにきらびやかなキャラクターを与えてくれます。
ピアノ
ピアノのプリセットも同様で、こちらは3種類とも混ぜられていますがやはり印象としては華やかです。しかしこの異なる3種の響きの違いのおかげで、キンキンした音が強調されてしまう、というようなこともありません。ROSCOEのチェンバーは非常になめらかで、温かみをもってすっと遠くまで伸びてくれます。
Motown
Motownプリセットも気になる名前です。試しにヴォーカルに使用してみました。立ち上がりが早くクリアな独特な響きを得ることができました。この場合だと少しステレオレンジを広めて使うなどの応用もできそうですね。
ドラム&パーカッション
またドラム、タンバリンやクラップのトラックなどにも使えそうです。
シンセサイザー
ドライなシンセに響きを足すのにも最適。ここではHyde Park Concertというプリセットを使用してみました。シンプルな楽器でもこれだけで一気にリッチさが増すのが感じられると思います。どうしてもドライソースが多くなってしまうライブミックスなどにも活用していくことができそうですね。ドラム、パーカッション、ギターなどとの相性も、もちろん良さそうです。
ボーカル
単に響かせるだけではなく、非現実的な演出として積極的に表現に使うことも可能です。ここではボーカルトラックに対してかなり深めにリバーブをかけてみました。声が遠くから降ってくるような感じの素材へと変貌しました。これは例えば曲の一部のフレーズだけにフックになるようにかけるなど、アイディア次第でいろいろと応用ができそうです。
また、応用としてパーカッションループにボーカル用プリセットを適用してみました。響きの中域の部分が強調されているので、楽器の特色を活かしつつ広大なスペースを表現することができました。
このプラグインは構造がシンプルゆえに、どの素材でも直感的に適切な響きを付加することができます。リバーブひとつとっても馴染ませる効果や遠近を作る効果などさまざまな効果がありますが、このプラグインはやはり演出として「濃く使う」というのがポイントかなと感じます。
時代によってものすごくドライな音像が流行したり、その時作る音楽によって求められるものはさまざまな中で、現代の多様化したスタイルではあらゆる年代の音楽がリバイバルしたり、影響下で発展したりといったことが行われています。そういった時に、例えば80年代の解釈を現代に落とし込むことにも発見があるかもしれませんし、逆にその発想をもとに当時ではできなかったやり方を模索することも面白いと思います。
個人的にボブが手がけた作品をはじめ80年代の音像というのはとても魅力的で好きなのですが、それを再現する!というところに主軸を置かなくても、「楽器をちゃんと響かせる」というのは現代においても非常に重要なところかな、と考えています。当時を知る人にも、そうでなくてこれから音楽を作っていく人にも両方にオススメできるプラグインではないかと思います。
最後に、このClearmountain’s Spacesのプリセットだけを使ったリバーブの作例を作ってみました。響きが全体に与える影響がよくわかるのではないでしょうか?
宮野弦士
作編曲家/サウンドプロデューサー
強固なグルーヴ感と緻密なハーモニー構成のアレンジを得意とし、フィロソフィーのダンス、MORISAKI WIN、鞘師里保、FRUITS ZIPPERほか多数のアーティストへの楽曲提供、編曲を担当。ベース、ギター、キーボード全般を演奏するマルチプレイヤーでもあり、自身のバンド『7セグメント』では、ギター/キーボードを担当している。