2025.06.13
世にいう空間系エフェクトは数あれど、その設計思想はそれぞれ大きく異なります。現実のホールやスタジオの響きを緻密にキャプチャーし再現するもの。ヴィンテージのアナログ・プレートの挙動を忠実に再現したもの。あるいは、デジタル・エミュレーションされた機器を再現したもの、など。
その中でも幾度となくグラミー受賞作に携わったボブ・クリアマウンテンとのタッグにより送り出されるこの”Clearmountain’s Domain”はひときわ異彩を放っているといえます。それは空間系エフェクトを能動的に使い、驚くような音像を産み出してきた彼の知見が組み込まれた「攻め」のプラグインだというところにあります。
このプラグインではそんな時代に彼が手がけた往年の名曲のサウンドがまさにそのまま再現されているだけではなく、現代のワークフローにおいても大きなインスピレーションを得られるようなものになっています。
どうしてもシグネイチャー・プラグインという性質上、彼の偉大なワークスについてやその再現、というところがテーマになってしまいますが、今回はできる限り「そうじゃない」部分の印象についてお伝えできればと思います。もちろん、彼のことを知っていればもっと楽しいので、ボブについてや手がけた楽曲たちについては、ぜひチェックしてみてください。
本プラグインではおおまかにディレイ、リバーブ、ピッチが複合されたつくりになっており、まずインプットセクションではディレイとリバーブそれぞれにディエッサーが供えられており、これによってボーカルなどの響かせたい帯域の邪魔にならないようにあらかじめトリートメントができるようになっています。特に長いタイムでリバーブやディレイがかかっている時などは、かえってフィードバック音の高音域が悪目立ちしてしまう可能性があり、それを内部であらかじめできるようにしてあるというのは細やかな気配りだと感じます。
また独立したインプットEQセクションでそれぞれの響きのポイントを制御することで、ディレイはクリアに、リバーブだけが遠くから迫ってくる、といった奥行き感の演出が細かに可能な仕組みとなっています。
PITCH / REVERB
その後に登場するピッチセクションにより単純なディレイ、リバーブではなく時間変化的揺らぎが加わることがサウンドのユニークさを産み出しています。もちろん細かく設定を追い込むことも可能ですが、どちらかというとやはり用意されたプリセットから自分のサウンドにマッチするものを探していくという使い方が良いでしょう。
ひときわ本プラグインの特徴とも言えるものは「非現実的な響き」にあり、現代の音楽制作のアプローチにおいても単なる空間系エフェクトとしてというだけでなく、より存在感を増すためのエフェクトという使い方に適しており、ディレイタイムやその滲み方などもかなり極端な設定になっています。
ピッチシフト機能も面白い効果を生んでおり、だいたいの使い方としてはステレオに滲みを作りコーラスのような厚みを足したり少し不安定さを足したりといった味付けの効果が主なのですが、極端に設定すればディレイが1オクターブ上に上っていくというようなまさに飛び道具的な使い方もでき、プリセットも用意されています。
シンプルなシンセブラスやパッドなどに使ってもそれだけでフレーズのインスピレーションになるでしょう。
もちろん設定項目から自分で触っていくこともできるので、気に入ったプリセットの中から微調整して仕上げることも可能になっています。
かといって、すべてがエフェクティブで使いづらいものかというとそうでもありません。そこはやはりボブ・クリアマウンテン自身のミックスでのテクニックを落とし込んだものということもあり、複雑な処理でありながらも読み込んですぐ使っていけるものが多くあるのもこのプラグインの強みです。
3つの異なるリバーブ
またリバーブセクションには3つの異なるリバーブが存在するのですが、そのそれぞれにディレイとピッチエフェクターのセンドの項目がついています。プリセットを確認しながら設定項目を見ていくと、複雑で壮大に聴こえるディレイ使いのキモはこのディレイのセンドにあるのだと気づかされます。これにより、ディレイが空間と一体となりどこまでも広がっていく感覚が演出されています。
それでは最大の肝であるプリセットを見てみましょう。
もちろん往年の曲で使用されたテクニックがそのままプリセットになっているものも多く、ご存じの方はすぐに「おお、あの音だ」と直感することができると思うのですが、それを抜きにしても、楽器ごとにすぐに使いやすいプリセットが多いです。
それゆえ、あまりオリジナルの楽曲を気にせずとも個々のシチュエーションで合ったプリセットを選んでいけば、現代の音楽制作においても大きな力を発揮してくれると思います。
スネアのプリセット
例えばスネアのプリセット。言わずと知れたブルース・スプリングスティーンの「Born In The USA」の名がついていますが、ゲートリバーブが駆使されたこのプリセットは主にロック系のドラムに迫力と鳴りをプラスすることができます。リアルなアンビエンスとはまた違った独特の響きは生ドラム系のみならずワンショットサンプルなどに質感を付与するのにも大きく役立ちます。
特にリズムマシンにおいてはどうしても響きというものが不足するため、その昔からリバーブによって響きを付加するというのは当たり前に行われてきたことですが、そこにこのようなはっきりとしたキャラクターが存在するというのはミックスにおいても大きな力になってくれます。
ボーカルのプリセット
次にボーカル。ピッチ・シフトされたディレイによって原音とエフェクト音の間に独特の「にじみ」が生まれ、シンプルなトラックでもボーカルにキャラクター性を付加することができます。
もちろんシンプルなリバーブによる空間表現もあります。ただ面白いのが、チェンバーのセクションに用意されているのがコンクリート階段や彼のスタジオのシャワールームなどといった、他では見られないような一風変わったスペースであることです。これは音響的に調整されたものではありませんが、ゆえに普通のリバーブにはない独特の質感を産み出すことができるのです。
ギターのプリセット
ギターに関しても見ていきましょう。
ソロのプリセットを立ち上げてみました。シフトされたロングディレイとリバーブの響きがあいまって非常に広大でロマンチックな感じのサウンドになりました。細かい設定などなく、リードプレイに鮮度をもたらすことができるのは非常に驚きます。シンセリードなどにも応用できるプリセットですね。
続いてはちょっとクランチ的なサウンドでのバッキング。こちらにはLIVEプリセットを使用しました。これは実際にローリング・ストーンズなどのライブミックスにも使用しているプリセットのようで、あたかもホールで鳴っているかのような臨場感を得ることができました。
名曲のプリセット
名曲のプリセットも、原曲の楽器や使い方にとらわれず自由にどんどん試してみましょう。例えば、もはや説明不要の「Let’s Dance」のギターフレーズのプリセットですが、あえてギターに使わずエレクトリックピアノのトラックに使用してみます。
8分のディレイを活かすような付点のリズムを演奏してみると、シンプルなフレーズにゆらめきや奥行きが与えられました。単なるディレイだけでは作り切れない幻想的な質感です。
最後に、このClearmountain’s Domain だけを使って空間表現を作ってみました。すべて付属しているプリセットをチョイスしたものになります。
シンプルな数トラックが、このように多層の響きによって壮大でどこか非現実的な世界へと変貌しました。各々のプリセットがちゃんと存在感がありつつ、原音を邪魔しない絶妙な設定になっているため、即戦力的に使っていけるイメージではないかと思います。
宮野弦士
作編曲家/サウンドプロデューサー
強固なグルーヴ感と緻密なハーモニー構成のアレンジを得意とし、フィロソフィーのダンス、MORISAKI WIN、鞘師里保、FRUITS ZIPPERほか多数のアーティストへの楽曲提供、編曲を担当。ベース、ギター、キーボード全般を演奏するマルチプレイヤーでもあり、自身のバンド『7セグメント』では、ギター/キーボードを担当している。
Apogee Clearmountain’s Domain
ボブ・クリアマウンテンのパーソナライズされたFXシグナルチェーンを、シンプルで強力なプラグインで再作成