なぜプロフェッショナルは、録音時にNeveを通すのか。
4名のプロエンジニアがそれぞれの視点からその魅力を言語化する「AMS Neveパネルセッション」がNK SOUND TOKYOにて2026年7月に開催されました。
さらにビンテージNeveが持つサウンドのDNAが AMS Neve 現行機種へとどのように継承されているか、ボーカル収録による比較試聴を交えながら、その音色や質感、音楽的な効果、機材選びの判断基準を紐解きます。
アーティスト、サウンドエンジニア、プロデューサーをはじめ、音楽制作やサウンドに携わる皆様へ贈るスペシャルコンテンツです。
Neveとの出会い
右から 星野 誠氏 / 鈴木 ”Daichi” 秀行氏 / ニラジ・カジャンチ氏 / 牧野 英司氏
ーーーはじめに、みなさんがNeveと出会ったきっかけは何でしたか?
星野 誠氏(以下、星野氏):僕は97年ぐらいにビクタースタジオに入社したんですけど、ビクタースタジオはすべての部屋がSSLコンソールでした。一方で Neve 1073 や Neve 1066のプリアンプモジュールが50チャンネルぐらいあって、歌謡曲にはSSLを、ポップス・ロック系には Neve 1073 をよく使っていました。
SSL と Neve がデフォルトだったので、その2つの基準から音を判断する方向に育ってしまったというか。僕の中でそれがいまだに王道として残っているので、Neve 1073 を挟むと安心するなっていう感じがします。「あ、これこれ!」みたいな感じの音になってくれる。
鈴木 ”Daichi” 秀行氏(以下、鈴木氏):僕の師匠が「棚橋UNA信仁」さんで、棚橋さんはアレンジもエンジニアリングも手がける、プライベートスタジオを持っている方でした。棚橋さんのスタジオはAMEKのコンソールだったんですけど、Neve 33115 と Neve 33415 モジュールを搭載した Neve 5302 Melbourne(ミキサー)があって、必ずそれを通していたんです。僕にとってはそこが初めてのスタジオだったので、毎回、当たり前のようにNeveのプリアンプを通していました。
あとは Neve 33609 Stereo Compressorを使ったりして、マスターや自分のデモを制作させてもらっていました。なので割と最初から、スタジオに行けば当たり前のようにNeveがある、という感じでしたね。
牧野 英司氏 (以下、牧野氏):80年代当時の話なんですけど、僕の場合も、スタジオに行ったら SSL か Neve の2択でした。当時一緒に仕事をしていた友人が、アメリカで Bruce Swedien のアシスタントエンジアをやっていて、その友人が日本に戻ってきた時に Neve 1073 や Neve 1081 と出会いました。それが僕にとってビンテージNeveとの最初の出会いです。
もう、Neve を通したら何もしたくなくなるというか、「これでいい」と思えるような音だったので、それが当たり前になっていって。もちろんSSLも全然悪くはなくて、好みなのかもしれないけど、Neveには安心感がありましたね。
ニラジ・カジャンチ氏(以下、ニラジ氏):僕がニューヨークのヒット・ファクトリーというスタジオにいた90年代は、7つの部屋がすべてSSLだったんですけど、フリーのエンジニアが来るとみんな「本当はNeveのコンソールで録りたい」と言っていたんですよ。だから、基本的にSSLコンソールのヘッドアンプは一切通さないで、Neveプリアンプのラックを持ち込んで、すべての楽器をNeveに通して録っていました。ただ、ミックスはみんなSSLでやりたいんですよね。ミックスが楽だし、コンピューターも使いやすいし。Neveのコンソールは本当に複雑だったんです。Neveのコンピューターに慣れている人は「すごく簡単だ」と言うんですけど、やっぱり SSL G シリーズのコンピューターでミックスしたいというエンジニアが多かったです。
レコーディングの時は、すべての楽器をNeveに通すというのが当たり前でしたね。Neve 1064、1066、1073、1081、1084などが多くて、それが僕とNeveとの出会いでした。
プロがNeveを選ぶ理由
Neve 1066 / 1073 / 1076 / 1079
ーーーみなさんが業界に入った頃はNeveを通すのが当たり前だったと思いますが、現在は数多くのプリアンプがある中で、どういう時にNeveを通したいと思いますか?
牧野氏:ドラムとベースに関しては、ビンテージのNeve 1073 を使ったシグナルチェーンをデフォルトで組んでいて、そこをいじることはないです。まずはそのチェーンを通して、そこから音を変えたいとなったら、楽器のチューニングを変えてもらったりします。スタジオが変わっても基本的な環境は同じなので、響きとチューニングが命だと思っています。
プリアンプを特に選び分けるのはギターですね。EQを調整するのではなくてプリアンプで調整しています。基本的には全部、現行モデルの Neve 1073LB を使っていて、まずはそれで聴いてから、少しサウンドがきついと感じたらビンテージのNeve 1073や、ほかのモデルを選んだりします。
歌には7割くらいの頻度でビンテージのNeve 1081 を使っています。EQが4バンドになっているけど、EQは使わないです。ビンテージのNeve 1073とは対極にある感じで、まったく違う抜け感が歌にいいなと思って。
鈴木氏:僕も、Neve 1081タイプマイクプリ/EQ の Neve 31105 を使うことがありますね。クリアなサウンドです。僕の仕事はポップスやアニソンの中でも、ロック系やバンド系の楽曲が多いので、ドラムやボーカルには必ずNeveが選択肢に入ってきます。
星野 誠氏
星野氏:僕が使っているプリアンプは、Neve、Focusrite、Rupert Neve Designsといった、どれもRupert Neve氏が手がけたブランドです。それぞれのブランドが時代に合った音になっているので、録音する時の第一選択肢としてまずそこから選びます。楽器やクライアントの要望に応じてほかのメーカーのプリアンプを選ぶこともありますけど、ロックやポップスでは、やっぱりNeveを最初に選ぶことが多いですね。宅録されたシンセなどを聴いて「ちょっと重心が高いな」と感じた時に、Neveのプリアンプや Neve 33609 Stereo Compressor を挟んで重心を下げたり、少しサウンドを滲ませたりすることもあります。サウンドの芯や強さを表現したい時に、Neveに頼ることは結構ありますね。
ニラジ氏:僕は最近、アニソンを手がけることが多くて、ドラムとベースにNeveを使っています。この10年ぐらいは、クライアントから「歌をもっとブライトに、もっと派手にしてほしい」というオーダーが増えていて、歌にはNeveを使わなくなりました。15年前だったら間違いなくNeveをファーストチョイスにしていたんですけど、いま僕のスタジオで録る歌の95%は、Sym・Proceed のプリアンプ SP-MP500 を使っています。これを歌用のメインにしてもう10年以上になります。みなさんも、そういった現代的なオーダーに対応するために、ビンテージではなく現代のプリアンプを選ぶことはありますか?
鈴木氏:それはあるかもしれないです。クリア系の機材も増えてきたし、マイクも高性能化して、よりクリーンになっていますから。そういう意味では、抜けを良くしたい時やシャープな音にしたい時は、ビンテージ以外のプリアンプも選択肢に入ってきます。
ニラジ氏:最近のマイクはかなりクリアなサウンドなので、ビンテージの Neve 1073 や 1066 を通すと、その歪みがすごく気になっちゃうんですよ。もちろん曲のジャンルにもよるんですけど、ビンテージモジュールが持っている美味しい歪みが、最近の歌に対してあまり美味しく感じられなくなっているというか。でも、ドラムのキックとスネアだけは絶対にビンテージモジュールなんですよ。そこだけは外せなくて。
星野氏:ジャンルによるところが大きいかもしれないですね。僕は歌録りでは、90年代以降に作られた比較的新しいマイクを使う時はビンテージの Neve 1073 を選び、ビンテージマイクを使う時は Rupert Neve Designs の Shelford Channel を使うことが多いです。そこでビンテージとモダン、質感のバランスをとっているのかなと。
ニラジ氏:最近、ロンドンの大規模なスタジオでは Neve 88RSコンソールを導入しているところが多いんですよ。いろいろな楽器をクリーンなサウンドで録音できることが評価されているんだと思います。僕がストリングスやビッグバンドをレコーディングする時は、Neve 88RSコンソールがあるソニー乃木坂スタジオが一番録りやすいなってずっと思っていて、それがきっかけで Neve 88RSコンソールに注目するようになりました。なので、Neve 88RSコンソールのプリアンプを500シリーズ・モジュールにした Neve 88RLB が発売された時に、ものすごく興味を持って1ペア購入してみたんです。
自分のスタジオでトロンボーンやトランペット、サックスを Neve 88RLB で録ってみると、トランジェントの止まり方というか、音を丸くしてくれるんですね。奏者が大音量で吹いても波形が同じなんですよ。すごく安定したサウンドになってくれるので、結局10チャンネル分購入したんです。ストリングスを録る時には大体2本ずつマイクを立てますし、ブラスの4管を録る時も2本ずつマイクを立てます。もう全部 Neve 88RLB を通したくて、10チャンネル使って録っています。
Neve 88RLB x 10ch
牧野氏:Neve 88RSコンソールは滲みが少ないからいいよね。ストリングとかにすごく合うイメージがある。
ニラジ氏:でも不思議なのは、アタックも含めて波形が潰れていないんですよ。それなのにナチュラルに聞こえるという。
牧野氏: もう「ザ・アナログ」だね。
ニラジ氏:そうなんですよ。リハーサルでレベルを決めても、本番になるとリハーサルより音量が大きくなることがあるじゃないですか。それでも、Neve 88RLB なら大丈夫なんです。イギリスでハリウッド映画のサウンドトラックを録っているエンジニアたちからも、「一度ゲインを決めてしまえば、あとは完璧に録れる」「どんなマイクを使っても問題ない」という声を聞きます。
このスタジオには Neve 88RLB プリアンプが10チャンネル導入されていますけど、さらに、88RSコンソールのチャンネルEQを500シリーズ・モジュールにした Neve 88RLB EQ と、88RSコンソールのチャンネルコンプを500シリーズ・モジュールにした Neve 88R LBC も発売されたので、EQとコンプもそれぞれ10チャンネルずつ導入したいなと思っているんです。
新旧5種類のNeveプリアンプで探る、歌声と歌いやすさ
神園さやか氏
ーーー本日は、シンガーソングライターの「神園さやか」さんにお越しいただいていますので、新旧5種類のNeveプリアンプを聞き比べていただきます。ビンテージモデルは Neve 1073 と Neve 1066、現行モデルは Neve 88M、Neve 1073LB、Neve 88RLB です。
※モニタースピーカーまたはモニターヘッドホンにてご試聴頂きますと、サウンドの違いがよりお分かり頂けます。
星野氏:僕が率直にいいなと思ったのは、Neve 1073LB。
鈴木氏:同じく。Neve 1073LB が良かったです。
牧野氏:同じく。自分は歌に使ったことがないから、上が伸びているのにすごくビックリした(笑)。ミッドの主張がいいと思ってギターに使っていたけど、ブレッシーな息の成分まで聞こえましたね。
ニラジ氏:確かに Neve 1073LB が一番リバーブが綺麗に聞こえた気がする。
牧野 英司氏
牧野氏:Neve 88RLB は意外とクリアでしたね。88RLB だったら弦に使うかな。
ニラジ氏:そうですよね。やっぱりそうなりますよね。
鈴木氏:うんうん。
星野氏:Neve 88RLB はイメージが狭くなる印象を受けたけど、歪み感がちょうど良いなって思いました。
ニラジ氏:ビンテージ1066は、ビンテージ1073にあったザラザラな質感が無くなりましたね。僕はビンテージの1073が一番好きでした。
牧野氏:ビンテージの1073は想像通りの音だったけど、やっぱり音が滲むよね。
星野氏:ビンテージならではの存在感は、日本語の母音にも凄くいいなって思います。ただ、弱点があるのも分かる。アニソンのアレンジャーさんから、「プレゼンスをもっと出してほしい」と言われそうだな、とも思いました。
マイクやプリアンプを選ぶ基準
Neve 1073LB
ニラジ氏:今回の試聴では、現行モデルの Neve 1073LB にみなさん驚かされましたね。こうしてシンガーの歌を録る時には、みなさんは何を基準にマイクやプリアンプを選んでいますか? エンジニアによって、聞いているポイントがそれぞれ違うような気がしていて。
牧野氏:この曲のサビを聞いた時、少し耳に痛いピークが気になったので、プリアンプはそのままにしてマイクをTelefunken ELA M 251に替えたいなと思いました。Aメロの感じはどのプリアンプも良くて、特にビンテージのNeve 1073と1066、それと現行モデルの Neve 1073LB も良かったです。ただ、サビではどのプリアンプを使っても同じピークが気になったので、マイクを替えたいなと。
星野氏:バックのオケがどう聞こえるかですね。この曲のオケは広がりと奥行きがあって、歌を邪魔せずきちんと後ろにいるような感じなので、僕ならビンテージな質感のプリアンプを選ぶと思います。逆に、オケがもっと前に出てきたりするようなサウンドであれば、オケに含まれている周波数を聞きながらどのプリアンプを選ぶか考えますね。マイクであれば Sony C-800G、Telefunken ELA M 251、Neumann M149、Neumann U67などから選んで、最終的にはプリアンプとの組み合わせですね。
ニラジ氏:僕が聞いているのは、リバーブに乗ったフレーズの語尾や息遣いで、サビではなくてAメロで確認しています。それを判断しやすくするために、リバーブをセンドで送らないでトラック自体にインサートしています。その方が、細かいビブラートにリバーブがかかった時の反応が分かりやすいんですよ。これは楽器を録る時も同じで、リバーブをセンドしてモニターしたくないんです。ミックスの時にはセンドに変えるんですけど、レコーディング時はモニター用のリバーブをインサートしてサウンドを作っています。
牧野氏:それは珍しいよね。センドでリバーブを足すんじゃなくて一緒にしちゃうのね。自分の場合、大事にしているのは、シンガーがサビで声を張った時に耳に痛くならないようにすること。シンガーが声を張るのを遠慮しちゃったらダメかなと。シンガーが思いどおりに声を張れるモニタリング環境を作るためには、マイク、プリアンプ、コンプレッサーのセレクトが重要になってくる。
鈴木 ”Daichi” 秀行氏
鈴木氏:同じアーティストでも、曲調やサウンドの雰囲気によって声質が変わったりするじゃないですか。だから僕が機材を替えるとしたらまずはマイクですね。やっぱり、マイクを替えるのが一番サウンドの変化が大きいですから。
ニラジ氏:今回、神園さんに5種類のプリアンプで歌っていただきましたが、その中で特に歌いやすかったものはありましたか?
神園さやか氏:Neve 88RLB と Neve 1073LB が全体の聞こえ方もすごく良くて、歌いやすかったです。
鈴木氏:歌の帯域をモニターしやすいんでしょうね。シンガーも同じ環境でレコーディングしていると、少しサウンドが変わっただけでも「あ、なんだかいつもと違う」って感じることがあります。歌のパフォーマンスはそういうところでも変わってきますから、ピッチの安定にも影響すると思いますよ。
牧野氏:シンガーが歌いやすいのが、やっぱり一番大事なんだよね。
王道かつ現代の音楽シーンに応える、現行Neveのサウンド
Neve 88M
/
Neve 88C
/
Neve 1073LB
/
Neve 88RLB
/
Neve 88R LBEQ
/
Neve 88R LBC
ーーー今回のプリアンプ比較試聴やディスカッションを通して、あらためて感じたNeveの魅力や、新たな発見はありましたか?
星野氏:やっぱりNeveは王道だと思いますし、日本の音楽シーンにおいても王道の存在だなと思っています。ミュージシャンやバンドの方から「機材を買おうと思っているんですけど、何がいいですか?」と聞かれた時にも安心して勧められます。Neve や Rupert Neve Designs など、Rupert Neve氏が手がけた機材を勧めることが多いですね。Neveは王道だから、まずはここからスタートして、それからほかの機材に触れていけばいいと思います。
鈴木氏:僕は以前、Neveの製品を一通り借りてレビューしたことがあって、8チャンネルプリアンプの Neve 1073OPX を使ってドラムも録りました。ビンテージに比べると音の濃さは出にくいかもしれませんが、すごくクリアで安定していて良い機材だなと思います。ビンテージの音を聞くとやっぱり「これはいいよね」ってなりますけど、現在、一般的な価格ではなかなか買えないというか、あまり現実的ではないですからね。価格やメンテナンスを考えると、現行モデルは有力な選択肢だと思います。今日あらためて聞いて Neve 1073LB もすごく良かったです。
牧野氏:ビンテージのNeveと現行のNeveを比べると、ビンテージはどうしても音が滲む方向になります。現行モデルは滲みがなくなって、すごいクリアに前に出てきてくれる。自分はこれまで、Neve 1073LB をビンテージ寄りのサウンドと認識してギターに使っていましたけど、今日の試聴で印象が変わって、歌にも使ってみたいと思いました。滲みが少なくなった分、より現代的なサウンドなのかもしれませんね。
ニラジ・カジャンチ氏
ニラジ氏:もともと僕がビンテージのNeveを好きな理由は、レベルを突っ込んでいくと、モノラルなのに音像がだんだん横に広がっていくからなんです。僕はこれを「ワイドMONO」とよく表現しています。ただ、いまの音楽にはそのワイドMONO感が求められなくなってきていて、ここ10年でビンテージNeveを使う頻度が本当に下がりました。例えばロックバンドを録るとき、ビンテージNeveのプリアンプを使うと、録りの段階ではみんな「めっちゃかっこいい!」って盛り上がります。ところがミックスの段階になると、最近聞いている他のバンドのサウンドと比べて「なんでこんなに広がってるの?」とよく言われちゃうんですよ。広げていないのに。それは10年前なら良かったんですが、今は求められるサウンドの方向性そのものが変わってきているんですね。
現行Neve製品の中で僕が Neve 88RLB を選んだ理由は、まず使いやすさがあること、そしてローミッドをしっかり埋めてくれること。そのうえで、ワイドにならないというのが決め手でした。その結果、現在はファイナルミックスにOKが出やすくなって、ミックスチェックが早くなりました。ほかの機材を選ぶときも同じで、僕がすべての基準にしているのは、お客さんがこのスタジオに来てミックスを確認したときに、一発OKをもらえるかどうかなんです。どれだけ長くても30分以内にミックスチェックが終わらなければ、自分に何か問題がある。Neveは現在求められているサウンドへ簡単に近づけられる、僕にとってとても大切なツールになっています。