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音が生まれる場所 伝統と革新のロンドン名門スタジオを巡る – Vol. 1 Abbey Road Studio

2025.12.19

ー Abbey Road Studiosをはじめ、ロンドンのスタジオと聞くと、いまなおThe Beatlesのイメージを思い浮かべる人も多いだろう。しかし実際のロンドンには、長年培われてきたスタジオごとの伝統や個性を大切にしながら、最新の技術やワークフローを積極的に取り入れ、進化を続けているスタジオが数多く存在する。

本連載では、2025年現在の「ロンドン・スタジオ最前線」をテーマに、プロデューサー / ミキシング・レコーディングエンジニアの加納洋一郎氏に同行いただきながら現地で訪れた3つのスタジオを通して、ロンドンのスタジオシーンの最新動向を全3回にわたってレポート。初回は、音楽史にその名を刻むAbbey Road Studiosを訪問した。

イマーシブ制作需要の全方位的な高まりに応えるAbbey Road Studioの選択

ロンドンのAbbey Road Studio、特にその象徴である「Studio 1」は、過去40年以上にわたり世界のフィルム・スコアリングの中心地であり続けてきた。『スター・ウォーズ』『ハリー・ポッター』シリーズといった金字塔から 、近年の『ブラックパンサー』『バービー』 さらには『ファイナルファンタジー』『原神』といったゲームタイトルまで、そのサウンドは常に業界の基準を定義してきた。

しかし、Studio 1がAMS Neve 88RS SP3Dコンソールを導入した背景には、フィルム・スコアリングやダビングステージでの需要だけではない。Apple Musicなどの主要な音楽配信サービスがDolby AtmosやSony 360 Reality Audioといったフォーマットに本格対応したことで、一般的な音楽制作の分野においても「没入感のある体験」への需要が急速に高まっている。

Abbey Road Studioが導入したAMS Neve 88RS SP3Dは、まさにこの現代的な要求に応えるため、すべてのステムグループを録音段階からデジタル信号として直接Pro Toolsに記録できる機能や、オブジェクトベースのワークフローに特化して設計されている。

この最新コンソールがフィルム・スコアからイマーシブ・ミュージック・プロダクションまで、現代の複雑な制作要求に対し、技術的にどのようなソリューションを提供しているのだろうか。


AMS Neve 88RS SP3D:イマーシブ・ワークフローの中核機能

AMS Neve 88RS SP3Dは、アナログコンソールのフィジカルな操作性を継承しつつ、イマーシブ・ミキシングとモニタリングを前提として設計された デジタル制御のアナログコンソールである。

チャンネルとルーティングのキャパシティ

大規模なオーケストラ・セッションや複雑なイマーシブ・ミックスにおいて、チャンネル数とルーティングの柔軟性は制作効率に直結する。

物理的なコンソールは84チャンネル構成だが、ルーティングページ上では最大96チャンネルのデジタルシステムに完全にアクセス可能である。これにより、物理的なフットプリントを抑えつつ、大規模なデジタルキャパシティをフル活用できる。

また、オリジナルモデルの8つの追加デジタルバスから大幅に拡張され、合計で最大24のデジタルバスが利用可能となっている。

96チャンネル/96モニターのメインパスとは別に、デジタルシステム上に48系統のダイレクト入力が存在する 。Abbey Road Studioでは、これをイマーシブリバーブのデジタル・リターンとして戦略的に活用している。

オブジェクトベース・ワークフローへの最適化

本コンソールの真価は、オブジェクトベース・ワークフローへの最適化にある。

96チャンネル/96モニターのいずれのバスからも、オブジェクトをダイレクトにレンダラーに送信可能である。例えば、チャンネル25を選択し、レンダラーのオブジェクト12にパンニング情報と共にルーティングする、といった操作がコンソール上で完結する。これにより、音が特定のスピーカー(チャンネル)に縛られず、より自由度の高い音響設計が可能となる。

すべてのステムグループは、デジタル信号として直接Pro Toolsシステムに送られ、録音することができる。これにより、レコーディング段階からイマーシブのステムを効率的に記録・管理することが可能となる。

加納氏:創造性を損わずに作業できるシステム

コンソールからのルーティングが可能な上で、アトモスフィールドのモニター環境から音が出るまでの柔軟な操作性に単純に驚きしかなかったです。

Protools上で操作する以上に直感的、任意で選んだチャンネルモジュールからセンターモジュールのソフトウエア上のステムグループセクション、その先のレンダラーまで実際にシームレスに音を送ることが出来ました。ミキシングにおいて創造性を損なうことなく作業出来ることを実感。

高度なモニタリングと3Dパンニング制御

イマーシブ空間での音像定位は、ミキシングにおいて最も重要な要素の一つである。

タッチスクリーンまたは物理的なエンコーダーを使用し、個別のチャンネルを3D空間内の任意の位置に直感的にパンニングできる。複数のチャンネルをグループ化し、オフセット(相対的な位置関係)を維持したまま同時に操作することも可能だ。

各スピーカーに対する個別のディレイ設定(0.1単位/1/3秒単位)や、個々のスピーカーやスピーカーグループ単位でのソログループ作成に対応している。また、音楽ミキシングの際、センター(C)スピーカーを使用する「ハードセンター」と、L/Rスピーカーで音像を作り出す「ファントムセンター」を簡単に切り替える機能も搭載されている。

アナログの操作感とデジタルの効率性

デジタル制御の恩恵は、操作性と運用コストにも現れている。

「float function」と呼ばれる機能により、アナログコントロール部(物理的なノブなど)を使用して、パンニングなどのデジタル機能を直感的に操作できる。これにより、エンジニアは従来のアナログ機材の延長線上にある感覚で、最新のデジタル技術をシームレスに扱うことが可能となる。

また、旧型のコンソールと比較し、スイッチング電源の採用などにより電力消費が劇的に削減されている。

加納氏:物理的な触りやすさとディスプレイ表示の視認性

「float function」機能でのパンニングはエンジニアのイメージする立体空間表現において従来のアナログコンソールでの左右に定位させることと何ら変わりなく行える気がしました。

実際に今までSP3Dを触ったことがない自分がStudio 1に来て直ぐ思う通りに作業出来たのは、物理的な触りやすさとディスプレイ表示の視認性、まさしくアナログとデジタルのハイブリッドの良さだと感じました。

デジタルに置き換えたことで表示などが難しく感じてしまうとクリエイティブな部分が損なわれるだろうし、そう言った意味では3Dパンニングはタッチスクリーンで直感的に指で画面上をなぞれば音を自由に動かせるし、任意のスピーカーへのルーティングは勿論、センター定位の表現でのファンタムとハードセンターの切り替えボタンがあり容易にセンドを変えられます。

映画でのセンタースピーカーはダイアログで専用的に使われるのに対して、音楽でのセンター定位表現はファンタムセンターが多い、これはアウトプットするプラットフォームの違いが大きいのと5.1chサラウンドの背景もあります。

5.1chが日本でもホームシアターセットが家電として流行った頃、音楽制作も5.1chサラウンドミックスが増えましたが、その際再生されるホームシアターセットはLRのスピーカーよりもセンタースピーカーはダイアログのみの再生と捉えられ能力が貧弱なものが多く、そこに音楽としてセンター定位させる重要なボーカル、ベース、バスドラムなどを送りセンタースピーカーを専用的に使うことは表現が乏しくなることで避けられる様になりました。

更にApple Musicをはじめとした現在の音楽配信はエンドユーザーにヘッドフォンやイヤホンなどバイノーラルで聴かれることが多く、その中でセンターチャンネルを専用的に使用した場合に通常の2chステレオとの差異が大きくなることの懸念から(逆に言うと意図的に存在感を出すためにハードセンターを使用する場合もある)ファンタムセンターでセンター表現する場合が増えた様に思います。

そのことからどちらが表現に相応しいか、SP-3Dで即座にハードセンターなのかファンタムセンターなのか切り替えて聴けるメリットは大きいのかも知れません。余談ではありますが、音楽でのセンター表現については以前ボブクリア・マウンテン氏と話した時には『せっかくのセンターチャンネルがあるので積極的に使うべきだ』と言っていたので表現次第なのでしょうか。

その他にもステムグループごとのレベル調整、サブウーファーのローパスフィルター周波数切り替えなど、実用的な機能は網羅されている様に感じました。

Abbey Road Studio - Studio 1における実践的運用

Studio 1は、100人編成のオーケストラと100人編成の合唱団を同時に収容可能(4,844平方フィート)な、世界最大級の専用レコーディングスタジオである 。この広大な空間で、88RS SP3Dは以下のように運用されている。

業界標準フォーマット(7.1.4)の採用

Studio 1では、この規模の商業スタジオにおける業界標準として 7.1.4サラウンド構成を採用している 。長年にわたる映画音楽制作の実績を反映したものだ。

イマーシブリバーブの戦略的活用

Studio 1の豊かな自然響に加え、イマーシブ制作ではデジタルリバーブの活用が鍵となる。前述の48系統の追加デジタル・ダイレクト入力を最大限に活用し、7.1.4構成のイマーシブリバーブを2つまたは3つ、システムにデジタルでリターンさせている。これにより、広大な空間表現をステムに直接組み込み、よりリッチで没入感のあるサウンドスケープを構築している。

加納氏:響き、残響が素晴らしいStudio 1

Studio 1のスタジオ側の響き、残響は素晴らしいものがあるのは実際に行ってみて肌で感じたところで、日本で例えるなら高校の体育館やホールに近いものがありました。

映画音楽の仕事が多いこと、物理的なスペースで7.1.4構成になったであろうコントロールルーム側は48系統のダイレクト入力を使ったイマーシブリバーブを使用可能で、どうしてもチャンネル数が多くなってしまうイマーシブリバーブを複数同時に立ち上げられることがメリット。スタジオ側の響きに合わせて7.1.4でリバーブをアプローチすることができます。

独自のセッション・ツール

大規模なオーケストラ録音では、指揮者や演奏者との正確な同期が不可欠である。Abbey Road Studioでは、レコーディングセッション中に楽曲の小節カウンターを表示するため、スタジオのエンジニアがカスタム開発したソフトウェアを使用している。

このシステムは、一般的なディスプレイのミラーリング方式ではなく、ネットワーク経由で情報を転送するため、遅延が極めて少ないという利点があり 、スタジオ独自のノウハウがワークフローを支えている。


次世代のスタンダードへ

Abbey Road Studio - Studio 1によるAMS Neve 88RS SP3Dの導入は、単なる機材のアップデートではない。それは大規模な音楽制作の最前線において、イマーシブ・オーディオ、特にオブジェクトベースのワークフローがスタンダードとなった現代の要求に対する、明確な技術的回答である。

アナログの直感的な操作性を犠牲にすることなく、96chのデジタルアクセス、柔軟なオブジェクト・ルーティング、そして高度なモニタリング環境を実現したこのコンソールは、クオリティと効率性、そして運用コストのすべてにおいて、次世代のイマーシブ制作環境の新たなベンチマークとなるだろう。

加納氏:最先端のあるべき姿を伺えるスタジオ

多くの著名な作品を世の中に送り出しているAbbey Road Studioに来てみて、居住性の高さ、セキュリティ、ネットワークオーディオの活用など日本のスタジオより高い水準で考えられていて、とても興味深いものが多かったです。

特にイギリスでは当たり前の様にイマーシブ制作があることにAbbey Road StudioはNeve 88RS SP3Dのハイブリッドにしたことで柔軟に7.1.4へアプローチ出来ていますし、これが重要なのは録音が出来るスタジオに設置してあることです。日本の多くのスタジオでもサラウンド5.1chは録音しますが録音の段階で5.1chモニター出来るスタジオは数える位です。

バックヤードを覗いてみないと知ることが出来ないところでは、Abbey Road StudioはフルDanteシステムによる柔軟なパッチワークでネットワークオーディオを活用していました。弊社サウンド・シティはLive RecのセクションがあるのでDanteは日頃から使用していますし、イマーシブ作業が出来るスタジオのtutumuもDanteを活用しています。まだまだ国内音楽スタジオではネットワークオーディオの使用感が少ないですが、その音の劣化の無さやスタジオ間のアクセスの利便性を考えた時にAbbey Road Studioの様に積極的に導入していくべきかと思いました。

技術面だけではなく最先端のあるべき姿をスタジオ経営の面からも伺えました。仕事はイギリス国内だけではありません、Audiomoversを買収してアメリカと容易に回線を結び、作曲家がアメリカに居ながら7.1.4をリアルタイムでモニター出来る環境を構築していますし、他にも次世代のプロデューサー、エンジニアやクリエーターも育てる研究所も併設していて先を見据えています。

日本と物価や規模が違いますがスタジオ料金が日本の約5倍近くと高額でもその価値がある様に感じました。

加納氏と本コンソールの開発責任者であるロビン・ポーター氏


加納洋一郎氏 プロフィール

MIXING ENGINEER
Yoichiro Kano

株式会社ミキサーズ・ラボ チーフエンジニアからフリーランスを経て、2024年株式会社サウンド・シティ イマーシブdiv. 責任者に就任。

バンド、アーティスト作品のみならず、映画、TVアニメ、TVドラマ、Game、CM、舞台と多くの分野で幅広く活動、近年はDolbyAtmos、360 Reality Audioなどイマーシブ制作にも積極的に携わる。

個人ワークリスト等は
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