2023.01.24
往年のハードウェアシンセをモデリングしたバーチャルインストゥルメントは現代のソフトシンセとは違った存在感があり、楽曲の中で埋もれずに鳴ってくれるのが魅力です。
バーチャルアナログシンセプラグインを開発しているメーカーの中でも特に注目なのがApplied Acoustics Systems(以下、AAS)社です。
今回レビューするAASの製品は、「ULTRA ANALOG VA-3」と「MULTIPHONICS CV-1 – MODULAR SYNTHESIZER」の二つ。
「ULTRA ANALOG VA-3」はAASの代表的な製品で、音の太さや抜けの良さに定評があり、幅広いジャンルで活躍できるバーチャルアナログシンセです。
もう一つは、新たにリリースされた「MULTIPHONICS CV-1 – MODULAR SYNTHESIZER」。 モジュールをパッチケーブルで繋いで音作りを行うモジュラーシンセをベースにしたアナログシンセプラグインです。
AASの物理モデリング技術をプラスしたバーチャルインストゥルメントで、アイデア次第で自由自在に音作りができるのが特徴です。
この記事では、「ULTRA ANALOG VA-3」と「MULTIPHONICS CV-1 – MODULAR SYNTHESIZER」の特徴・サウンドについてレビューしていきます。
ULTRA ANALOG VA-3はAASの中でも知名度が高い代表的な製品で、強力なオシレーターによるクリーンかつ存在感のあるアナログサウンドが魅力。
数あるバーチャルアナログシンセプラグインの中でも「音が太い」「抜けが良い」という評価を得ています。
実際に「ULTRA ANALOG VA-3」に触れてみて感じたのが、
といった点です。
アナログシンセが持つオシレーターの再現度が高く、弱い周波数帯域が無いため音量下げても存在感が失われずに鳴ってくれるのが印象的でした。
まず、「ULTRA ANALOG VA-3」に触れる上で知っておきたいポイントの一つが、物理モデリングを用いて作られている点です。
物理モデリングの音源は、素材となるサウンドの特性をコンピューター上でリアルタイムに処理してシミュレートされた音を鳴らします。
物理モデリング音源には、下記のようなメリットがあります。
サンプリングされた波形データを使って音を鳴らす最近の「PCMシンセ音源」の場合は、素材となる実機のコンディションや個体差のクオリティに左右されます。
一方、「物理モデリング」はクリーンかつピュアなサウンドが作れるため、アナログシンセを再現する上でもメリットがあります。
AASは物理モデリング音源のパイオニアでもあり、多くのメーカーとのコラボレーションを行い音源を共同開発しています。
ULTRA ANALOG VA-3は、2個のレイヤーにそれぞれ2個のオシレーターを搭載。
合計4つのオシレーターを組み合わせて音作りを行います。
ULTRA ANALOG VA-3のオシレーターは、物理モデリングによってハードウェアアナログシンセ特有の質感を丁寧に再現しながらベーシックな波形をクリーンに鳴らしている影響なのか、音の太さや抜けの良さを感じます。
収録されている基本の波形は、Sine、Saw、Square、Noiseというシンプルな4種類。
下記に、Noise以外の各波形をピアノロールのC1で鳴らしたデモサウンドを用意しました。
それぞれの波形の周波数傾向を「FabFilter社のPro-Q 3」に搭載されているアナライザーでチェックしてみます。
ベースやサブベースなどで使用するSine(正弦波)波の周波数を見てみると、鳴らしているC1(ド)の64Hz付近に加えて、132Hzや220Hzあたりにも山ができており、うっすらと倍音が含まれています。
このあたりの周波数が含まれていることでシンプルなSine波でも耳で聴き取りやすくなります。
高域の不要な部分には音が含まれていないのも良いですね。
ちなみに、サンプリングで波形データを収録している他社のウェーブテーブル系シンセを同じようなセッティングで鳴らしたSine波がこちら。
ULTRA ANALOG VA-3のSine波と比べてみると、倍音成分が多く、高域にも周波数が含まれています。
Sine波なので音の良し悪しは判別しづらいですが、実際に使用する場合には高域のフィルタリングが必要になります。
次にリードシンセやベース、デチューンで音を重ねて作るSuper Sawなど、現代のサウンドでも多く使用されているSaw波(のこぎり波)をチェックしていきましょう。
分析してみると64Hz付近から高域まで周波数が含まれています。
さらに超高域部分が少し盛り上がる形で含まれていることがわかります。
これにがサウンドの抜けの良さに影響しているのではないでしょうか。
比較対象として、他社のサンプリングベースのシンセによるSaw波のサウンドも用意しました。
こちらは「ULTRA ANALOG VA-3」と比べて15kHzくらいから上の周波数がロールオフされているのがわかります。
アナログシンセをサンプリングしたシンセプラグインの中には、高域をロールオフして中低域を強調することで太さを演出しているシンセもありますが、実際に楽曲の中で使うと埋もれてしまうことも。
一方、ULTRA ANALOG VA-3は全帯域に周波数が含まれているので、小さな音でも存在感が損なわれずに鳴っている印象を受けます。
このような違いから、ULTRA ANALOG VA-3の音は「太い」「抜けが良い」と評価されているのだと感じます。
Square波(矩形波)は低域は少なめで中域にピークがあり、高域まで周波数が含まれています。
また、基本となる波形に加えてSubオシレーターも各オシレーターに搭載されています。
Subオシレーターを加えることでさらに重心が低くなり、存在感がアップします。
リードやベースサウンドに加えるとパワフルなサウンドに仕上がりました。
Sine、Saw、Squareに、Subオシレーターを加えてピアノロールのC1を鳴らしたデモサウンドがこちらです。
Sine波の64Hzより下の帯域が含まれていることがわかります。
ベースシンセのサブベース帯域の補強やキックサウンドを作るときにも活用したいところ。
Subオシレーターが加わることでさらに広い帯域をカバーできています。
シンプルですが、かなり太いのでメインとなるベースやリードサウンドでも活躍してくれそうです。
Square波は中域あたりのピークが強かったですが、Subオシレーターが加わることで低域がカバーされてボトムのあるサウンドに変化します。
Subオシレーターはノブを回して音量を調整するだけでレイヤーを操作できるため、簡単な調整でサウンドを強化できるのはシンセに慣れていない人も使いやすいと思います。
現代の様々なジャンルで定番となっているシンセサウンドもアナログシンセを基本にしたものが多いですが、「ULTRA ANALOG VA-3」にもこれぞ原点と言えるようなアナログライクなサウンドが多く収録されています。
下記にファクトリープリセットを使ったデモサウンドを用意しました。
まずは、Bassesカテゴリの「48dB」というプリセットです。
この音はベースパート、リードサウンドどちらにも対応できる太さとプレーンな質感が特徴です。
フィルターのカットオフを調整することで表情が変わり、さらにフィルターのDriveをOnにすることで音がかなり太くなります。
次はSYNTHSカテゴリ内 → Leadsの中に収録されている「Bright Saw」です。
いわゆるSuper Saw系のリードサウンドです。
低い音階から上の音階までしっかりと鳴ってくれます。
プリセットそのままでも音に太さがあり、さらに好みのサウンドに加工すれば非常に存在感のある音に仕上げられそうです。
ちなみにULTRA ANALOG VA-3は、一つのレイヤーで2 or 4voiceのユニゾン設定が可能。
二つのレイヤーを合わせると最大8voiceのユニゾンサウンドが作れます。
次にKeysカテゴリの「Bicycle」というプリセットです。
ディスコやシンセファンク系、ハウスなどで使いやすいサウンドですし、LFOを調整することでフューチャーベース系シンセとしても活躍してくれそうです。
ベースやリードサウンドが強いという印象だったULTRA ANALOG VA-3ですが、ポリフォニックシンセの音も優秀で使いやすいです。
次に取り上げるのは、PLUCKSカテゴリ内 → Plucksに収録されている「Integrated Data Management」というプリセットです。
こちらはダンスミュージックでも使いやすいプラックサウンドで、アナログシンセの柔らかさも感じられます。
他にも、ULTRA ANALOG VA-3には現代的なダンスミュージックで使いやすいポリフォニックシンセのサウンドも収録されているので幅広いジャンルで活躍してくれます。
プリセットの読み込みを行うBrowserページでは、収録されているライブラリーの中からPackやサウンド、カテゴリ別に分類して表示させることができ、そこからプリセットの選択ができます。
ライブラリーカテゴリは下記のように分かれています。
プリセット選択は、Categoriesから探すと素早く使いたい音にたどり着けます。
【Categoriesの分類】
また、画面上部のウインドウからもプリセット変更が可能。
下の画像はベースカテゴリに含まれるプリセットを表示した様子です。
ULTRA ANALOG VA-3を立ち上げると上記画像のような画面が表示されます。
基本となるページ構成は、
の4つ。
シンプルながら細部にこだわった音作りができるパラメーターも用意されており、シンセに詳しくない人にとっては扱いやすく、詳しい人にとってはスムーズにイメージした音作りに取り組める親切設計であることも「ULTRA ANALOG VA-3」の魅力です。
ULTRA ANALOG VA-3は、音作りの面でも非常に扱いやすく作られています。
Editorページの基本構成は、
という内容です。
画面上部のMixerでは、A・B、二つのサウンドの音量やチューニング、ミュート・ソロの切り替え、マスターボリューム調整ができます。
Modesタブは演奏面に影響するチューニングやモノ/ポリフォニックの切り替え、ポルタメント、マクロやビブラート、アルペジエーターのオンオフ、ユニゾンの設定を行います。
画面下部のオレンジのボタンは16ステップのアルペジエイターシーケンサー部分です。
音作りのメインとなるSynthタブでは、オシレーターやミキサー、フィルター、LFO、アンプエンベロープ、アウトプットの設定を行います。
ULTRA ANALOG VA-3は、2個のレイヤーにそれぞれ2個のオシレーターを搭載しており、合計4つのオシレーター(各オシレーターにSubオシレーター付き)を組み合わせて音作りを行います。
Synthセクションで二つのレイヤーを個別に細かくエディットが可能。
見た目はシンプルですが、二つのオシレーターごとに調整できるので細かな音作りができます。
ULTRA ANALOG VA-3には、シンセサウンドの可能性を広げてくれる充実したエフェクトも搭載。
二つのレイヤーそれぞれにエフェクトをかけられます。
シンプルなアナログシンセサウンドからコンプや歪んだ厚みのあるディストーションリード、広がりのあるプラックやパッドシンセなど現代的なシンセサウンドを作る際も活躍します。
エフェクトは、基本となるイコライザー・コンプ・リバーブスロットに加えて、エフェクトの切り替えが可能な2個のスロットが用意されています。
エフェクトの信号は上から縦に直列に並んでいて、順番の入れ替えも可能。
それぞれのエフェクトにはMIXノブが付いているのでエフェクトの適用量も調節できます。
【搭載エフェクト】
Equalizer、Compressor、Reverb、Delay、Distortion、Phaser、Vintage Chorus、Chorus、Flanger、Auto Wah、Wah Wah、Notch、Guitar Amplifier、Tremolo
エフェクトは二つのレイヤー用に加え、マスターにも用意されています。
シンプルな操作で扱える「ULTRA ANALOG VA-3」のサウンドも良いですが、さらにオリジナリティのあるサウンドを作りたい人や、アナログシンセサウンドを存分に探求したい人におすすめなのが「MULTIPHONICS CV-1 – MODULAR SYNTHESIZER」です。
「MULTIPHONICS CV-1」は、モジュラーシンセをベースにしたバーチャルインストゥルメントで、アイデア次第で自由自在に音作りできるのが特徴。
モジュラーシンセに触れたことがある人にとっては、深く掘り下げて音作りに集中できるように使いやすくまとめられている印象です。
といった人など、自分だけの音を生み出したい方やサウンドライブラリーを充実させたい作曲家にピッタリなシンセです。
モジュラーシンセとは、音を作る電子回路のパーツ(モジュール)をパッチケーブルで繋いで音を鳴らす1960年代に登場したシンセサイザーの一つです。
各モジュールを様々な経路でパッチケーブルで繋ぎ合わせることでシンプルな音から複雑な音まで自在に作ることができます。
元々は研究用の機材として使われていた歴史があり、やがてポピュラーミュージックにも取り入れられるようになりました。(YMOが使用していた「タンス」の愛称で知られるMoog Synthesizer IIIcなどが有名)
音作りの知識は必要ですが、モジュラーシンセでしか表現できないサウンドが魅力。現代の海外ダンスミュージックシーンでも根強い人気があります。
「ULTRA ANALOG VA-3」がアナログシンセ特有の太さや存在感を備えているのに対して、「MULTIPHONICS CV-1」はモジュラーシンセならではのピュアなオシレーターサウンドが鳴らせるのが特徴です。
「ULTRA ANALOG VA-3」と比較しやすいように「MULTIPHONICS CV-1」のVCOモジュールに搭載されているSine・Saw・Squareの波形をピアノロールのC1で鳴らしたデモサウンドを用意しました。
▲「MULTIPHONICS CV-1」でC1を鳴らした際の周波数
「ULTRA ANALOG VA-3」を鳴らした際は、C1(ド)の64Hz付近に加え、132Hzや220Hzあたりに倍音成分が含まれていましたが、「MULTIPHONICS CV-1」の場合は倍音成分が含まれておらず、ピュアなSine波になっています。
▲「ULTRA ANALOG VA-3」でC1を鳴らした際の周波数
Saw波も「ULTRA ANALOG VA-3」と比べると15kHzから上の帯域は控えめですが、低域から高域まで周波数が含まれています。
Square波は「ULTRA ANALOG VA-3」と比べるとノートしているC1付近の音がしっかり出ており、さらに中域から高域までバランス良く周波数が出ています。
Square波ならではピュアなサウンドが聞けました。
「MULTIPHONICS CV-1」にもプリセットが用意されているので、初めてモジュラーシンセプラグインを使う人でもモジュラーシンセならではのサウンドが楽しめます。
さらに、モジュラーシンセを使って音作りを楽しみたい場合は、1からモジュールを選択しながらパッチで繋いで自分だけのシンセサウンド作りにチャレンジしてみるのもおすすめです。
「MULTIPHONICS CV-1」を立ち上げ、画面上部の「New」というボタンをクリックすると下記画像のように空のラックが読み込まれます。
次に、画面左上部の「Modules」から好きなモジュールを選ぶと音作りをスタートできます。
例えばここから、VCOやVCAモジュールを繋いでいくと音がコントロールできるようになります。
さらに、フィルターやADSRなどを繋ぐとシンセの基本的な構成が作れます。
搭載されているモジュールは、一般的なモジュールからからAAS独自の物理モデリングテクノロジーに基づいて制作された「OBJEQ FILTER」などのユニークなモジュールも搭載されています。
OBJEQ FILTERモジュールがこちら。
「OBJEQ FILTER」は、ドラムヘッド・硬質プレート・ストリング・マリンバなど6つの周波数特性をモデリングしたモジュールです。
これらのモジュールを組み合わせていくことで、ピュアなクラシックオシレーターのアナログサウンドだけでなく、物理モデリングを取り入れた楽器の音を再現したり、実在しない音を生み出すことが可能。
アイデア次第で非常に自由な音作りができることが「MULTIPHONICS CV-1」ならではの特徴です。
【搭載モジュール】
「MULTIPHONICS CV-1」にはシンプルなモジュール構成のプリセットから、モジュラーシンセならではの複雑なモジュール構成のプリセットまで幅広く収録されています。
下の画像のようにKICKサウンドを作るためのシンプルな構成のプリセットも収録されているので、音作りのスタートにも活用できる親切な設計になっています。
【収録プリセットカテゴリ】
下記にファクトリープリセットを使ったデモサウンドを用意しました。
まずは、SEQUENCEカテゴリの「Berlin」というプリセットです。
テクノや90年代のエレクトロミュージックを感じさせるようなベースリフサウンドですね。
次に、LEADカテゴリの「Spicy Saws」というプリセットです。
こちらのプリセットはいわゆるSuper Saw的なリードシンセです。
デモサウンドでは「ULTRA ANALOG VA-3」と比較しやすいように同じフレーズを鳴らしてみました。
次に、SEQUENCEカテゴリの「Radioactive」というプリセットです。
「Radioactive」はモジュラーシンセサウンドを感じさせるパーカッシブなシンセサウンドです。
最後に、SEQUENCEカテゴリの「Radioactive」というプリセットです。
このプリセットは、PulseモジュールとOBJEQ FILTERモジュールを組み合わせており、アナログシンセとは少し違ったニュアンスのサウンドが特徴です。
ファクトリープリセットはミニマルなテクノやハウスなどのダンスミュージックで活躍してくれるような音が数多く収録。
ダンスミュージックやエレクトリックミュージックを制作している人ならプリセットだけでも楽しめる内容です。
他にも、BGMや劇伴などでも活躍してくれるようなサウンドも多いので、作曲家やサウンドデザイナーの人にもおすすめです!
今回、AASの「ULTRA ANALOG VA-3」と「MULTIPHONICS CV-1 – MODULAR SYNTHESIZER」に深く触れてみて最も感じたことは、「音の太さ」と「音抜けの良さ」です。
特に「ULTRA ANALOG VA-3」は他のバーチャルアナログシンセと比べてもパワフルなサウンドだと感じました。
シンセトラック一つだけで楽曲を成立させるほど音に存在感があり、音数が多い楽曲でも埋もれにくいので現代ダンスミュージックやポップス曲の制作でも大活躍してくれます。
対して「MULTIPHONICS CV-1」はモジュラーシンセならではのクリーンでピュアなサウンドと音作りの自由度が高かったのが印象的でした。
個性的なサウンドや独自性のある音も作れるので、雰囲気が重要なBGMや劇伴・舞台音楽などを担当する作曲家やサウンドデザイナーにおすすめしたいと感じました。
「今使っているシンセプラグインでは物足りない」
「個性的な音を鳴らしたい」
「温かみのあるサウンドや存在感のあるサウンドを鳴らしたい」
という方は、どちらのプラグインも体験版があるので是非一度チェックしてみてください!
DAW HACK
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