2025.06.17
ボブ・クリアマウンテンはフランジャー・フェイザーを巧みに用いてミックスに独特のうねりと味わいを加えていたことでも知られています。そんな彼の使用していたハードウェア、テクニックが精巧に再現されたのがこのClearmountain’s Phaseです。
他のプラグイン同様、プリセットを探索することで簡単にそのサウンドにアクセスできるようになっています。70年代、80年代には多用されたこれらのエフェクターですが、近年では馴染みのない方もいるのではないでしょうか?しかしアイディア次第では現代の制作にもちゃんと活かせるようなものになっていると思いますので、これを機にぜひご活用ください。
プラグインを立ち上げると、大きく3つに分けたセクションがあります。最も左側にある設定項目ではフェイザー・フランジャーそれぞれの周期をテンポに同期(Sync)するかのスイッチがあります。そしてその下のSweep Rateではステレオの周期を左右別々に制御することが可能な設定があります。
その下のMODULE CONFIGではフランジャーモジュール、フェイザーモジュールのルーティングを設定することができます。このルーティングの自由さによりかなり様々なサウンドを作り出せるようになっています。それぞれ単体で使用するほか、直列に繋いだりそれぞれをパラレルで繋いだりもできるようになっています。
それでは実際に様々な楽器にClearmountain’s Phaseを使用して変化を試していきましょう。
ドラム
まずはドラム。レッド・ツェッペリンの楽曲”Kashmir”にインスパイアされたプリセットです。
この楽曲ではドラムに独特のフランジャーエフェクトをかけることでサイケデリックで異国的な雰囲気を出すことに成功しました。その雰囲気をボブなりに解釈したものだと思われます。生ドラムに使用して曲の中にアクセントを加えるのみならず、例えばブレイクビーツなどの他のドラムサウンドなどにも活用ができそうです。
エレクトリックピアノ
次にエレクトリックピアノの音色に使用してみましょう。ステレオのうねりと広がりが生まれ、存在感が増したことがわかります。こういった場面ではほんの少しかけるのがポイント。
少し設定を変えてみます。周期をややゆったりとさせるとうっとりするようなメロウな響きが産まれます。一番使いやすいのはこういった効果かもしれませんね。
もちろんエフェクト効果として濃くかけても効果があらわれます。ここではフェイザーを少し強めの設定でかけてみました。深い森で迷ったような不思議なサウンドのエレクトリックピアノになりました。リバーブなど他の空間系と組み合わせても面白いでしょう。
クラビネット
クラビネットのトラックも単にうねりが加わるだけではなくぐっと存在感が増しています。
役割的にもギターと近い、リズムを細かく刻むことが多い楽器なので楽曲の中でも使いやすいと思います。リズム楽器に時間的変化があるとグルーヴなどもコントロールしやすくなりますね。
シンセブラス
シンプルなシンセブラスに使用することで、コーラスとはまた一味違ったメロウな広がりを作ったりもできます。
シンセパッド
もともと動きがあるようなシンセパッドにも有効です。左右異なる揺らぎを与えることによって幻想的な空間の演出にも一役買ってくれます。
ピアノ
ピアノトラックに使用すると、自然な揺らぎによって透明感のあるキャラクターが付加されました。一見微妙な効果ですが、こういう使い方一つでも楽器の音に個性を与えることができます。
ボーカル
ボーカルにも活用することができます。スモール・フェイセズやデイヴィッド・ボウイ、ローリング・ストーンズなどの楽曲ではその威力が遺憾なく発揮されています。
ここではローリング・ストーンズ「Heaven」に使用されたプリセットを使用してみました。揺らぎによってシンプルなボーカルフレーズが奥行きを持った独特の雰囲気へと変貌します。
またもう一つ、強めのフランジャーをかけることによってリバーブなどとは違う奥行きを与えたり少し金属的な響きにすることもできます。
トークボックス・ボコーダー
トークボックスやボコーダーにフェイザーを活用してみても面白いです。Daft Punkなどのフレンチハウスに見られるような「シュワシュワした」独特の質感を得られます。フレンチハウスといえば、サンプリングを多用したリミックスなどでは、2mix全体にかけてうねらせたりするのも面白いでしょう。
ギター
ギタートラックに使用してみます。Hendrix’s Phaseというプリセット名もギタリストには気になるところ。クリーントーンなら、コードアプローチももちろん、シンプルなカッティングにも最適。
他には、ディストーションギターに深めのフランジャー使用すれば荒々しい”ジェットサウンド”へと変貌します。
アコースティックギターにかけると少しレトロな質感に。モノラルだと少し寂しい、という時にフランジャーで広がりを作るとうまくサウンドの中に溶け込んでくれるような感じがします。
ベース
ベースにも効果を発揮します。歪みがかったベースのフレーズにフランジャーエフェクトをかけることでさらなるドライブ感を演出したり、効果はややおとなしめですがアクセントとしてフェイザーを活用したり。備え付けのフィルターセクションでエフェクト成分のローをカットすることができるので、キャラクターの部分だけを取り出して強調したりも可能です。
このプラグインを使用してとても印象が良かったのは自然にかけたときの太さが感じられることです。単に揺らぎ・うねりを加えるに留まらず、精密に再現されたハードウェアやテープフランジの質感によってサウンドにしっかりとした個性が与えられるのは強みだと思います。
楽曲の中で演出的にレトロ・ローファイなサウンドを狙ったり、強烈な効果でエフェクトトラックに使用したり、はたまた楽曲を印象付ける音色づくりの一環として使用するなど、広いシチュエーションで効果を発揮してくれます。
シンプルな楽器に変化を加えたい、存在感を増したいという意味ではかなり強力な武器となるのではないかと思います。フェイザーやフランジャーは主にギターのエフェクトとしては定番ですが、ここまでこだわって作られたものはそう多くないと思います。それを単体の専用プラグインとしてリリースするというところにボブ・クリアマウンテン氏の自信がうかがえます。そして扱いやすい一つのワークフローにまとめるというところもかなり特徴なポイントです。
それでは最後に、Clearmountain’s Phaseを活用してトラックを制作してみました。常時全部のトラックにモジュレーションをかけることは本来はないかもしれませんが…たったこれだけのひと手間でもトラック全体の印象が変わることはおわかりいただけると思います。
宮野弦士
作編曲家/サウンドプロデューサー
強固なグルーヴ感と緻密なハーモニー構成のアレンジを得意とし、フィロソフィーのダンス、MORISAKI WIN、鞘師里保、FRUITS ZIPPERほか多数のアーティストへの楽曲提供、編曲を担当。ベース、ギター、キーボード全般を演奏するマルチプレイヤーでもあり、自身のバンド『7セグメント』では、ギター/キーボードを担当している。
Apogee Clearmountain’s Phases
ボブ・クリアマウンテンが所有するフランジャー&フェイザーのアナログ機器をプラグインとして忠実に再現