2025.05.03
アニメソング制作をはじめ、個人でもボカロPとして活躍されている「ねりきり」氏をゲストに迎え、氏の楽曲素材を題材に、Neve 1073LBEQ Mono Mic Preamp Moduleをハンズオンして頂きました。
左:ねりきり氏 右:ニラジ氏
Neeraj Khajanchi(ニラジ・カジャンチ)氏(以下敬称略):80年代から2000年代にけて、レコーディングエンジニアがいつも Neve 1073 Mic Pre EQ Modules や Neve 1081 Mic Pre EQ Modules を使っていた理由は主に2つあって、1つはサチュレーションが得られること、そしてもうひとつはEQポイントなんです。それらは現代のデジタルEQやプラグインEQとは異なって、ブースト/カットできる周波数ポイントがバンドごとに固定されています。なので、色々な楽器の周波数に合うように、とても実用的なEQポイントがよく考えられて設定されているんです。
Neve 1073は3バンドEQで、Neve 1081では4バンドEQになりました。より細やかなEQ設定ができるということで、キックとスネアにはNeve 1081を使いたいという先輩エンジニアが多かったです。
ただ、当時18歳の僕には4バンドEQを使いこなせる自信がなかったので、3バンドEQばかり使っていました。カーステレオみたいに "ベースを上げれば太くなる" 、"トレブルを上げれば派手になる" みたいな使い方で、Neve 1066 Mic Pre EQ Modulesや、Neve 1073 Mic Pre EQ Modulesを好んで使うようになったんです。
だからいまでも僕は、Neveの3バンドEQが気に入っていて、
これらを自分のスタジオに揃えています。モデルによってEQポイントが全部違うので、基本的に「この楽器にはこのモデル」といった、楽器との相性を考えて使っています。
ハイパスフィルターの活用術
Neeraj Khajanchi:アナログのハイパスフィルターは単純に低域をカットするだけでなくて、同時にミッドレンジの聞こえ方が変わるんです。それはEQに限らず、プリアンプに搭載されているハイパスフィルターでも同様です。僕は最近のレコーディングで、Neve 88RLB Mono Mic Preamp Moduleのハイパスフィルターを、ドラム、ハーモニカ、サックスに使用しました。
単純にローエンドを削りたいわけではなくて、30Hz、50Hz、150Hz、どの周波数でハイパスすれば中域の鳴り方が狙い通りになるか、中域を聞きながらハイパスのポジションを調整しています。
Neeraj Khajanchi:EQで、ハイパスと同時にハイパス周波数近辺の帯域をブーストすると、ハイパスフィルターのQ幅が変わるアナログマジック「プル&プッシュ」のテクニックが昔から知られています。
たとえばベーストラックを80Hzでハイパスしたとします。普通はベースでそんな設定はありえないのですが、80Hzでハイパスした後に、110Hzを15dbくらいブーストすると凄くカッコ良いサウンドになるので、僕はよくやっていますよ。また、キックを50Hzでハイパスして35Hzを15dbブーストしたり、スネアを100Hzでハイパスして110Hzを大きくブーストするなど、この太くてタイトなサウンドが作れるアナログマジックは、もう毎日キックとベースでよくやっています。
1本目のマイクはフルレンジで録っておいて、セカンドマイクにこの処理を施してブレンドするのも面白いですよ。
ねりきり氏が制作した楽曲のセッションデータを開いて、キック、スネア、ハイハット、ベース、各トラックに、Neve 1073LBEQを通した時の音変化をニラジ氏に実践して頂きました。
Neve 1073LBEQ Mono Mic Preamp Module
【キック編】
Neeraj Khajanchi:ドラム音源の、キックのアタックが本物のドラムに比べて強かったので、Neve 1073LBEQを使用しました。通しただけで音がタイトになったので、そこから700Hzのアタック帯域を少しカットして、60Hzをちょっとだけブーストしています。
EQ後のキックを聞くと60Hzを足してもタイトになって、きちんとアタックがいて、ローがいて、ローエンドがいて、それぞれの帯域が散らばらずにまとまって聞こえます。
ねりきり氏(以下敬称略):音が太くなったのにタイトになりましたね!
Neeraj Khajanchi:アナログ機材を通すとこういうマジックが起きるから、僕はそれが欲しくて使うわけです。ちょっとした違いなんですけど、その違いでトータルの印象が変わります。
アタックの帯域をカットした理由は、元のキックとEQ後のキックを混ぜたかったからなんです。キックの印象を変えずに処理をしたくて、EQ後のキックを少しだけフェージングさせて混ぜています。曲全体のバランスを取るなかで、強いセンター感をフェージングで少し広げて、より生ドラムっぽいサウンドに仕上げています。
キックサウンド試聴
※モニタースピーカーまたはモニターヘッドホンにてご試聴頂きますと、サウンドの違いがよりお分かり頂けます。
【スネア編】
Neeraj Khajanchi:スネアにもNeve 1073LBEQを使って、220Hzを3dbくらいブーストして360Hzをほんの少しカットしました。ハイパスは50Hzですが80Hzでも良いかもしれませんね。
こういう音作りをプラグインでやるとローエンドが狙い通りにならなくて、アナログ機材のほうがパワー感を出せるんです。たとえばこの曲で5弦のベーシストが演奏しているとしたら、それに対してドラマーはこれぐらいのアングリーさで叩くと思うので、今回はそのパワー感を再現しました。
Neve 1073LBEQがキックとスネアによく合う理由はEQポイントなんです。Low Freqの60Hz、110Hz、220Hzが一番気持ち良くて、そのサウンドはプラグインとは全然違いますよ。
ねりきり:これがNeveのキャラクターと呼ばれるサウンドなんですね。
スネアサウンド試聴
【ハイハット編】
Neeraj Khajanchi:皆さんよくやってしまいがちなのですが、150Hzくらいでハイパスしてしまう方が多いです。今回はもう少し上の周波数かもしれませんね。
ねりきり氏:僕は確か、ハイパスを200Hzくらいで入れていたと思います。
Neeraj Khajanchi:ハイハットの基本周波数で、一番ピッチが出ているのが150Hzなんです。ハイパスを入れて一番大事な帯域を削ってしまっているので、Neve 1073LBEQのアナログ回路を通して110Hzをブーストしました。
スネアを収音しているマイクがハイハットの音を拾うカブリ音も実は重要で、スネアは大体100Hz〜200Hzをブーストするから、ハイハットのカブリ音も一緒に太くなるんですね。なので、今回EQしたハイハットの方が僕にとっては普通の音に聞こえるんですよ。
ねりきり氏:おぉ!とても生っぽいハイハットの音になって驚きました。ヘッドフォンで聞いていた時は何も気にならなかったのですが、生っぽくしたくて生ドラムの音源を選んでいたはずなのに、大事な軸みたいな部分がカットされていたんですね。
ハイハットサウンド試聴
【ベース編】
Neeraj Khajanchi:ベースは、今っぽいスピード感を出すためにDIの音をプラグインで作って、奥行きと広がりのあるアンプサウンドをNeve 1073LBEQで作りたいなと思いました。僕が作ったDIの音はプラグインでアタックを出して、アグレッシブにするために歪みも足しています。
それに加えて、Neve 1073LBEQを通して生まれる、アナログのアンプを鳴らしたようなサブロー(SubLow)とミッドとハイ。そのサウンドが生きてくるのがアナログの良さなんです。DIと混ぜた時にフェージングが起こらず、芯のブレないサウンドに仕上がります。
ねりきり氏:ベースがとても見えるようになりました!
Neeraj Khajanchi:だから僕はベースを録るときに、もう絶対ニーブのヘッドアンプを使うわけです。
ベースサウンド試聴
その他素材(Vocal)試聴
ねりきり氏:みんな気になっていることだと思いますが、アナログモデリングのEQプラグインは、アナログEQの音を再現できるんでしょうか?
Neeraj Khajanchi:単純にどこかの周波数をブースト/カットする分には似ていると思いますよ。ただ、今回話した「周波数のプル&プッシュ」は、プラグインだと位相が悪くなってしまうので僕は絶対にやらないです。それはもうアナログ実機の中のパーツで起きているマジックなので。だから結論をいうと実機を買うしかないんです。
ねりきり氏:自分のDAWでMixバランスや質感をできる限り作ってから、ミックスエンジニアにお渡ししたいという作曲家がほとんどだと思います。アナログ機材って、とてもクリエイティブな使い方ができるので、音作りの幅が拡がりそうですね。
Neeraj Khajanchi:アナログのマジックが、レコーディング、ミックス、曲作りのモチベーションを最高に上げてくれると思いますよ!
レコーディング&ミキシングエンジニア
マイケル・ジャクソン、ボーイズIIメン、ティンバランド、リルジョン、 ジャヒーム、ヨランダ・アダムス などの海外一流アーティストを始め、YOSHIKI, 三浦大知, 大貫妙子, 木村カエラ, 南佳孝, 青田典子, 渡辺貞夫, Hana Hope, Mrs. Green Apple, Hana Hope, 小林愛香, 白銀ノエル, あんさんぶるスターズ!! などの国内アーティストまでを幅広く手掛ける、いま最も多忙なレコーディング&ミキシングエンジニアの一人。
作・編曲家
楽曲提供や、自身でボカロ曲の投稿等のアーティスト活動も行うクリエイター。幼少期にエレクトーンを習っており、鍵盤楽器とギターの演奏を得意とする。
Works
【ARCANA PROJECT】硝子玉の世界(作詞・作曲・編曲) / 【TVアニメ『魔王様、リトライ!R』OPテーマ/ ASCA】明日世界が終わるとしても(作曲・編曲) / 【アイドルマスター シャイニーカラーズ Song for Prism / 鈴木 羽那】無垢(作曲・編曲) / 【アイドルマスター シャイニーカラーズ / コメティック】平行線の美学(作曲・編曲) / 【藤城リエ】LIFE(作曲・編曲) / 【異世界のヘリオン 羽黒ヘリオン(Vo.前田佳織里)】Another-self(作曲・編曲) / 【TVアニメ「デュエル・マスターズWIN 決闘学園編」エンディングテーマ / 上月せれな】BRAND NEW MOMENT(作曲・編曲) / 【おはスタ ガル学 クリスマスエンディング曲 / Girls2 from South2】HolyMagic大人になっても解けない魔法(作曲)
1073LBEQ Mono EQ Module