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専門学校のイマーシブ・スタジオに求められるものとは?- 音響芸術専門学校の新しい「遊び場」

2024.12.13

1973年に日本初のオーディオ専門教育機関「録音技術専門学院」として開校した音響芸術専門学校。この夏※、本校にイマーシブ・オーディオ対応のスタジオが新たにオープンした。モニタースピーカーとしてEVE AudioのSC205とTS108が採用されたということで、選定の経緯や、イマーシブ・システム導入の目的について、同校学校長・理事長の見上陽一郎氏に話を伺った。

※ インタビュー日:2024年10月10日


音響芸術専門学校

業界の未来を担う学生たちのために

「専門学校という教育現場にとって、イマーシブ導入の必要性については検討の余地があると考えていました。」

イマーシブ・システムの導入を考え始めたのは2、3年前。専門学校と、四年生大学の最も大きな違いは、その目的にあるだろう。大学教育が研究を主目的としている場合が多いのに対して、専門学校は現場で活用できる技術を教育することが前提となる。入学当時に最先端だったものも、卒業時には技術自体がなくなっているかもしれない。2年間という限られた時間の中でのカリキュラムの作成は、枝葉のトレンドに左右されず、講師だけでなく卒業生や外部アドバイザーも交えて何度も議論を重ねて行われることになるそうだ。

同校に入学する学生数は毎年100人程度。新入生たちは、この業界に就職する意思はあるものの、入学前はスピーカーで音を聴く習慣も、ケーブルを扱った経験もないという人も多いという。ましてイマーシブ・システムとなると、存在すら知らない学生がほとんどだそうだ。マイクの扱いやケーブルの巻き方から始まり、2chステレオでの制作を学んでいくことが主となる専門学校でのカリキュラムにおいて、イマーシブ・システムは縁遠いものと今までは考えていたそうだが、それでも導入に踏み切ったのにはとある理由があった。

「私はJASコンクール(ReCST -学生の制作する音楽録音作品コンテスト)の審査員や、一般社団法人AES日本支部の代表理事をしているのですが、大学や大学院に所属している学生たちが作る作品で2chのものは非常に少なくて、大半が5.1chかイマーシブ系なんです。でも、それらの大学の学生たちはあくまで研究目的で作品を作っていることがほとんどで、極端な場合は2chミックスを経ずにイマーシブ・オーディオに取り組んでいる場合もあります。進路はほとんどの場合メーカーや技術営業職で、実際にイマーシブ作品を作るエンジニアやMAの道に進むのはごく一部です。」

市場で増え続けるイマーシブ・オーディオの仕事を実際に受けるのは専門学校卒業生などが大半だ。それならば、専門学校生もイマーシブ・オーディオの作品を知り、生み出していかねばならない、と導入を決意したそうだ。


学生たちの「遊び場」になれば

音響芸術専門学校

この夏オープンし、まだ始まったばかりのスタジオでの授業は、基礎については全学生が必修で、授業ではシステムの規格や機材構成、作品制作に使われているソフトウェア、実際の制作の手順などが教えられる。

目的は、学生たちにとってイマーシブ・オーディオが未知のものではなくなることだ。AES学生会員27名を擁するという同校の学生は、意欲が高く、授業だけでは到底満足しない場合も多いそうで、同校はそのような学生にむけ予約制でスタジオを開放し、自主的に使用することを推奨している。まさにこのインタビューの後にも、AES会員の学生たちによるスタジオの使用が予定されており、その関心の高さを感じた。

「学生たちの『遊び場』になればと思っています。」

“遊び場”というのは例え話だけのことではない。このスタジオにはPS5が設置されており、同校では学生たちにイマーシブ環境でゲームをプレイしたり、映画を見ることを積極的に推奨している。夏休みが明けて1ヶ月ほど。すでに少しずつだが利用する学生は増えてきているという。FPS(一人称シューティングゲーム)で高スコアを出した教員の噂は校内ですぐに広がったそうだ。


イマーシブ・システムのスピーカーに求められるもの

EVE Audioによるイマーシブ・システムの構築は国内初。7.1.4chのDolby Atmosシステムで、11台のSC205と1台のTS108の組み合わせで構成されている。システムは教室の隅の12Uの機器ラックに収まるコンパクトさだ。

スピーカーの選定にあたり、音響芸術専門学校では、さまざまなメーカーの10機種に及ぶスピーカーの比較試聴会を実施。試聴会には同校の教員の中からレコーディングエンジニアやディレクター、ミュージシャン、映像エディターなど、様々なバックグラウンドの教員が参加した。

それぞれのスピーカーについて、事前知識なしで、帯域ごとのバランス、反応の速さ、全体的な印象など、採点表を作ってスピーカーの要素を数値化。最終的に、SC205ともう一機種の点数が目立って高い結果となったとのことだ。

音響芸術専門学校

「SC205はすごくバランスが良くて、ハイもよく伸びるし、低域のレスポンスもクイックだなと。また、このスタジオはあまり大音量を出す使い方はしないので、音量を小さくした時にバランスが変わらないのも高評価でした。」

SC205はツイーターに軽量で高域の再生に優れたAir Motion Transformer(AMT)方式のリボンダイアフラムを採用。一般的にドームツイーターに比べレスポンスに優れ、高精細で自然な音色を特徴とするリボンツイーターだが、能率の面で一歩劣るとされる。それを解決するのがアルミコートされたリボンを蛇腹状に折り畳むEVE Audioの独自設計だ。手作業で折り畳まれたリボンは、電流が流れると互い違いに反発しあうローレンツ力を発生させる。この設計により通常のドームツイーターの4倍の能率を実現している。

製品名”SC”の由来でもある”シルバーコーン” 5インチウーファーは、ハニカム構造の素材をグラスファイバーコーティングした、軽量かつ強靭なもの。低ノイズの1インチのボイスコイルによって効率的に駆動され、比較的小型ながら最低53Hzからの再生能力と、最大101dBSPLの幅広いダイナミックレンジを誇っている。

スタジオモニターという観点では、音源を選ばないバランスも重要視された。しかし同時に、さまざまな学生が集まる学校という場における”遊び場”として、リスニングスピーカーとしての性質も同じくらい重要と考えたとのこと。クラシック、ジャズ、J-pop、ハードロックなど、様々なジャンルの音楽を、音量を変えながら聞き比べ、SC205の幅広い再生レンジと癖のない音は、音楽を楽しむ上でも有用だと感じたという。

必然的に多数のスピーカーが必要なイマーシブ・システムの構築においては、クオリティだけでなく、価格とのバランスも重要な要素である。視聴会の採点で残った2機種の価格には大きな差があり、最終的にコストパフォーマンスの高さから、EVE Audio SC205が選ばれたとのことだ。


イマーシブ制作のこれから

「映画やミュージックビデオなどでも、年々マルチチャンネル化が進んでいます。きっと近いうちに、Dolby Atmosのミックスなどが、フリーで受ける仕事の中にどんどん入り込んできて、やってこなかった人もやらざるを得なくなる。そういった時に、日常的に聴ける環境があることは大きなアドバンテージになるはずです。」

2021年にApple MusicがDolby Atmosに対応したのは記憶に新しい。また、舞台芸術の世界も例外ではない。見上氏はロンドンやニューヨークへ出張に行く際は滞在日数より多い回数ミュージカルを見るほどの舞台ファンだそうだが、ロンドンやニューヨークでは、フロントからしか音が来ない作品はもはや稀で、特定のイマーシブ規格で制作されているわけではないものも含め、劇場のあらゆる方向から音が来るような作品が一般的なのだという。

それに比べて、日本のイマーシブ制作はまだまだこれからだと思える。将来制作に携わる学生たちが身近にイマーシブ体験をすることのできるこのスタジオの存在は、文化的にも重要な一歩と言えるのではないだろうか。

「将来これが当たり前だよね、って感じる環境になるんだったら、それで十分価値がありますよね。」


見上 陽一郎 氏
見上 陽一郎氏 プロフィール

音響芸術専門学校 学校長・理事長

高校時代より音楽活動、自主映画制作に打ち込み、早稲田大学卒業後のロンドン大学留学中は英国映画協会(BFI)会員として映画研究活動や研究発表を行う。帰国後、瀬戸大橋架橋記念博覧会NTT館上映作品等の制作を担当した後、音響芸術専門学校へ。東京都専修学校各種学校協会・理事として専門学校教員の研修も担当。

音響芸術専門学校

1973年に日本初のオーディオ専門教育機関「録音技術専門学院」として開校。2007年から現在の名称へ。学生数200名前後(2024年現在)。専門学校としては異例の27名のAES学生会員を擁す。2024年の夏、新たにDolby Atmos対応のスタジオ教室をオープンした。アットホームな少人数制授業が特徴。

住所:〒105-0003 東京都港区西新橋3-24-10
学校Webサイト:https://www.onkyo.ac.jp/

EVE Audioについて

EVE Audioは2011年にADAM Audioの創立者でもあるRoland Stenz氏によって立ち上げられたメーカー。本社はドイツ・ベルリン。今回使用されているSC205はEVE Audioの代表的とも言えるモデルで、Air Motion Transformer(AMT)方式のリボンツイーターとDSP処理によるフィルターを内蔵。サブウーファーのTS108は、サブウーファーとしては小型ながら33Hz〜300Hzのレンジを持ち、付属のリモコンで操作できるのも特徴。

EVE Audio
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