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Eric Persingインタビュー:Keyscape

開発に10年をかけたそのこだわりとは。

2017.01.19

他のSpectrasonicsのインストゥルメントと同じように(もしくはそれ以上に)開発に膨大な時間と費用をかけ、満を持してリリース、世界中で瞬く間に話題となり、日本でも着実にユーザー数が増えているバーチャル・インストゥルメントkeyscape。発売後間もない翌月に、Spectrasonicsを率いるエリック・パーシング(Eric Persing)氏に、開発の経緯やエピソードを伺うことができました。


本物の楽器らしさはどこから?

 

MI:Spectrasonics第4の新製品Keyscapeの発売おめでとうございます。日本のユーザーの反応もとても良いですよ。Keyscapeはこれまでのどんなソフトウェア音源でも感じることができなかったリアルさを感じます。それは、ただ単に音がリアルだという理由だけではなく、演奏している感覚も含めてのものように思うのですが、何か秘密があるのですか?

エリック・パーシング(以下EP):そうだね。この演奏感を実現するには本当に苦労したよ。長い時間をかけて何回も試行錯誤を繰り返し、サンプルをプログラムする秘密の方式にたどり着いたんだ。残念ながらその中身についてはここでは語れないけどね。それはサウンドを開発するプロセス全体に関係するものさ。多くの人々はサンプリングをただ繰り返し録音することだと思っているけど、発音するサンプル音がヴェロシティーによって切り替わる、そんな単純なものではないんだ。サンプリングのやり方自体も開発した。最初のサンプラーFairlightがどういうしくみだったかまで復習してね(笑)。マルチサンプリングがこのソフトの基幹になっているわけだけど、そのやり方には工夫や秘密が隠されている。経験を積んで私たちだけのテクニックを構築したんだ。

そしてなにより、私自身もミュージシャンであり、キーボーディストだから、Keyscapeに収録されている楽器のサウンドが本当に欲しかったし、自分でもその楽器を持っていたら、とても素晴らしいことだと思う。そんな楽器をなるべく忠実に表現したかった。今回収録した楽器達に敬意を表するためにも、中途半端では終えられなかったんだ。 


楽器との心の繋がり

 

MI:あなたは2011年のKVRインタビューで、「人々は所有している(ソフト)インストゥルメントと、心のつながりを持てないでいる(という事を危惧している)」と話しをされていました。Keyscapeを最初に触ったときに、あたかも実際の楽器が目の前にあり、所有しているような錯覚を覚えたのですが、このKVRのインタビューで語っていたことに対する解答の1つですか?

EP:そのインタビューで語ったフレーズは、私がハードウェアの開発に関わっていた時代のことだと思う。そのとき、人々がアナログの楽器やシンセサイザー好きな理由は、何かに触ったとこきに感じる繋がり、つまり、ハードウェアのノブに触って、サウンドが変化する、そのディープな感覚だと思ったんだ。Keyscapeはスペックで表現できる沢山の特長を持っている、でも、Keyscapeを本当に特別な製品にしていることは、鍵盤を弾かないと伝わらないんだ。いわゆるスペックとかGUIには現れず、それはサウンドで表現されている。Keyscapeで演奏をするときっとわかってもらえると思う。 

intro_videoだから、Keyscapeの最初の紹介ビデオでは、色々なジャンルのアーティストの演奏シーンを中心にした。私たち自身も驚きだったのが、その音色が演奏者によって変わることだった。私が演奏するのとは違うし、演奏者によって表現が変わる。本当にその楽器をソフトウェアで表現することに成功したんだと、そのとき実感したね。でも、それを実現するためにまさか10年もかかるとは思わなかったよ。最初は1年ぐらいで完成するかなと思っていたんだけど、甘かったね。その楽器を持っている人を捜すことから始めて、古い楽器をレストアする未経験の作業に予想以上の時間がかかってしまったんだ。

楽器との心の繋がりに話を戻すと、Keyscapeをリリースした後、多くの素晴らしいコメントをもらったよ。「これで、また作曲を再開してみよう思った。」とか「また演奏をしてみる気になった。」とか、単に音源としての評価だけではなく、誰かのクリエイティブな活動を妨げている壁を取り去ることができたのは本当に驚いたね。自信はあったけど、本当に人と繋がれるソフトウェアになっているかは実際にリリースしてみないとわからない。 

10年もの長い間、このプロジェクトをひた隠しにして根気よく開発してきた努力が報われたよ。最初は、とてもニッチな製品、多くの人を相手にするのではなく、私のようにOmnisphereを使うような本当にキーボードを好きな連中に焦点を絞ったつもりだった。世の中にソフトウェアのピアノ音源は沢山あるし、プロの中でもトップの人達、キーボードのコレクターしか反応してくれないと思っていたんだ。でも、Keyscapeをリリースした後、より多くの人がSpectrasonicsのことを知ってくれることになった。YoutubeのKeyscapeのイントロダクション・ビデオは、Omnishphere 2のビデオのビュー数をすでに超えている。Omnisphere 2のビデオは公開から1年半たっているけど、Keyscapeはリリースしてからまだ3週間しか経っていないのにね!


ライブシーンのある変化

 

Keyscapeには、ハードウェアの鍵盤にしか興味が無かった人達も注目しているよね。私たちが製品を開発している10年の間に、状況も変わってきたと思う。10年前ライブのステージにラップトップを持ち込むのは、一部のテクノ好きやDJだけだったけど、たぶん5年前くらいかな、カルチャーががらっと変わったね。オーディエンスも自然にそのことを受けて入れている気がする。ラップトップPCのクオリティーも上がっているから、Keyscapeがあれば気軽にレアなハードウェアの鍵盤やハイエンドの鍵盤を持ち歩けるわけさ。 

そんな時代背景もあって、ハードウェアにしか興味を示さなかったような人達とも、今回のKeyscapeのリリースで繋がることができなのかな。別にハードウェアを超えることを目指したのではなく、あくまでもソフトウェアで最高を目指したんだ。毎年新製品が発売されるハードウェアとは戦えないよ(笑)。なにせ10年もかけてしまったからね。ソフトウェアでも、優れた製品がたくさんあるし、特にピアノの音源も山ほどある。そんななか新製品を出すことは、とても難しい。だから特別な製品を作ることに努力を注いだんだ。Keyscapeをリリースしたことで、Omnisphereのユーザー層とはまた違った、新しい分野の人々と繋がれた気がするね。 

MI:日本のTwitterで面白いコメントがありました。彼はギタリストで鍵盤を弾けないのだけれど、Keyscapeのビデオを見たら、鍵盤を練習したくなったと。 

EP:それは嬉しいコメントだね。Keyscapeをきっかけに、演奏してみたいとか、良いミュージシャンになりたいなんて、モチベーションを与えることができたわけだね。若者にとって音楽ビジネスで成功するのは、今も昔も厳しいけれど、若い人と話すと、音楽を演奏したい、楽しみたい欲求は変わらなくある気がする。彼らはコンピューターを使うことに何の抵抗もないので、彼らと繋がれる製品だとも思う。 


 

歴史的にも貴重な楽器が登場

 

MI:世界中から貴重な鍵盤楽器を収集したとのことですが、その過程で印象深いエピソードはありますか?

dor_ericdor_closeEP:そうだね。ここで面白いものを見せてあげるよ。これはDolceolaといって、1900年代に作られた楽器なんだ。こうやって鍵盤を弾くと、弦がはじかれて、ウクレレみたいな音がする。ベース音も、コードも弾けるよ。おっと、ちゃんとチューニングしないとね。これをサンプリングしてプログラムするのも結局1年ぐらいかかっているんだよ。だれもこんな楽器があったことさえ忘れていたけどね。

ほらこの部分を見てみると、楽譜みたいなものが印刷されているだろう。この楽器はアメカのブルースの起源一つにもなった民族音楽の時代に使われていたから、なるべく多くの人が演奏できるように、楽譜を印刷したのだろう。人々がポーチに座って、マンドリン、ギターなどの弦楽器で、ずっと同じメロディーを、3つコードの繰り返しに合わせて演奏するようなやつさ。そんな音楽も廃れてしまって、状態の良いこの楽器を捜すのはとても苦労したよ。 


rho_eric

 

Rhodesの心温まるストーリー

 

EP:もう一個、本当に特別な楽器を見せようか。これが世界で最初に作られたエレクトリック・ピアノ、そう、あのハロルド・ローズ(Harold Rhodes)が最初に作ったピアノだよ。Rhodesピアノがどうやって生まれたか知っている?彼は第二次世界大戦のとき、空軍の兵士として空軍基地に勤務していたらしい。彼は、そこの野戦病院で足を爆撃で失ったりした、酷く傷ついた兵士たち多くを目にしていた。『もし彼らに音楽を教えることができたら、怪我からの回復を助けることができるかもしれない。痛みを少しでも忘れることができるかもしれない。』そう考えたんだ。

病院のベッドにも置ける小さいピアノを作ることを考えたのさ。実際、B52爆撃機の廃材を小さくカットしてカットして、このピアノのパーツにしたらしい。そして彼は、このピアノを負傷兵のベッドの上に置いて、ピアノを教え始めたのさ。戦争が終わり兵役を退いた後、彼も他の多くの退役軍人がそうだったように、これから先の人生、何をすべきか決める必要があった。この小さなピアノにして学校に販売することで生計を立てることを思いついた。ベッドの上に載せられるので、ちょうど机の上に載る大きさだしね。教室で使うには音量が足りなかったので、これにアンプを載せることにした。これがRhodesピアノの原型になったんだ。ほとんどの人がRhodesは1950年代に製造が始まったと思っているが、これは1946年にハロルド・ローズが自分で一つ一つ作っていたんだよ。 

この貴重なこの初期のRhodesを手に入れるのにも、何年もかかったよ。こうやって蓋を空けてみると、ほら、ここに使っていた兵士の名前が書いてある。rho_nameRhodesはここロサンゼルスが発祥で世界的に有名な楽器にまでなった。ほとんどの人はこの楽器の存在すら知らないけど、私たちもロサンゼルスに住んでいるから、幸運にも見つけることができたのさ。ほら、今でもこんな風に演奏することができるでしょ!トイピアノのようではあるけれど、アンプを通った音を聞くとやっぱりRhodesの音がする。こんな風に、Keyscapeに収録されている楽器はすべて実物を手にいれて、丁寧にメンテナンスしたものばかりなんだ。全部集めれば博物館ができるかもしれないね(笑)。 


収録楽器への敬意

 

MI:貴重な楽器を見せてくれてありがとうございます!Keyscapeには30種類以上の鍵盤楽器が収録されているわけですが、その中でも特に収録に苦労したものがあれば教えて下さい。 

想像がつくと思うけど、ピアノの収録は本当に大変だった。keyscapeのライブラリーに収録されている音を得るために、まず一番良いマイクロフォンの設置場所を見つけることから始めたのだけれど、そうだな、一ヶ月はかけたと思う。多くの人々の意見を聞きながら、ポジションを何回も変え、録音を始める前の調整だけに一ヶ月もかけたんだよ(笑)。マイクの位置はレーザーで正確に計測して、写真でも残して、やっと最適な場所を見つけたんだ。そしてレコーディングでさらに一ヶ月以上かかったかな。完全なアコースティックの楽器だから、それでもサウンドは温度や湿度で変わる。結局、春に録音を始めて、すべての必要なサンプルを取り終えたら、季節が変わって夏になっていたよ。それ以外にも音が変わる要素があって、鍵盤を何回も叩いているとハンマーが圧縮されて音が変化するので、ピアノの調律師が固定されたマイクを巧みによけながらいつも作業していたよ。まるでバレエをやっているみたいに体を器用に曲げてね(笑)。ピアノの収録は想像以上に難しい作業で、トランプをピラミッドみたいに積み重ねていくゲームに似ている。もう少しで頂上まで並べ終わるところまできても、そこで失敗すれば完全に最初からやりなおし。ある意味怖いくらいだったよ。 


ビンテージ・デジタル

 

MI:あなたが手がけたRoland JD-800、MKS-20、MK-80などが収録されたことを喜んでいる日本のユーザーも少なからずいるようです。どうしてデジタル楽器であるこれらのキーボードの音色もKeyscapeに収録したのでしょうか?

dg_rhodesMI:私たちの世代にとって、Rhodesは70年代の本物のRhodesサウンドだけではなく、80年代、90年代シンセサイザーに収録されていたRhodesの音色も一緒に記憶している。Rolandに勤務して、自分がその一部に関わることができたのは幸運だったし、その作業に熱中していたよ。当時スタジオで聴いていたポップやジャズのレコードの半分以上に、DX7のものも含めて、Rhodes系のサウンドが使われていた気がする。JD-800にもRhodes系のサウンドが収録されていて、ユーザーにはとても好評だった。DX7やMKS-20なんかも入っていたけど、その音はRhodesというよりもRhodes風のまた別の個性がある。それらも含めてRhodesの歴史として認識されているわけさ。そんなシンセサイザーのプリセットも今や「クラッシックなサウンド」として認識されるようになり、自分が関わったMKS-20の音も収録しようと思ったんだ。デジタル楽器のパッチは悪く言えばそのままだけど、KeyscapeのDuoパッチでピアノと組み合わせれば、マジックが生まれると思うよ。それからビンテージのRhodesとかピアノの音源はたくさんあるけど この種のMIDI時代の音って、不思議なことにソフトウェア音源にほとんど収録されていないんだ。デジタルになってからのワークステーションの音源集を作るのも、良いアイデアかもしれないね。もしみんなの要望が多ければ、もっと音源を加えるかもしれないよ。収録したかったけど、今回それがかなわなかった楽器もあるしね。 


MI:では最後の質問です。Keyscapeからひとつだけ無人島に持っていくとしたら、どのキーボードを選びますか? 

良い質問だね。この写真を見てくれよ。昨日休暇から帰ってきたところなんだけど、ほら、休暇ではいつもキーボードを持っていくんだ。日常とは違った美しい環境に囲まれて鍵盤を弾いていると、また違ったインスピレーションが生まれるものさ。質問に答えてないって?選べないね。Keyscapeとキーボードを持って行かせてくれよ(笑)。 

beach*このインタビューは、2016年10月、Spectrasonics本社にて収録されたものです。

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